レポート・コラム

【Business論説】日本経済を外から見る~「円」ではない「ドル」の視点(宮脇淳)(2024年6月3日)

日本経済を外から見る~「円」ではない「ドル」の視点

1.はじめに

 今年3月19日、日本銀行の金融政策決定会合で「マイナス金利政策の解除方針」が提示された。しかし、①日本政府や日本銀行が大きな金融政策の変更はなく、「通常の金融政策の一環」といった姿勢を示したこと、加えて、②米国FRBが高い金利水準の維持を示したことから、マーケットでは急激な円安となり4月下旬には1ドル=160円台に一時進む結果となった。その後、為替介入実施等の指摘もあり1ドル=150円台(5月17日現在)で推移している。こうした円ドルの為替レートは、毎日、テレビ、新聞、インターネット等の経済ニュースで報道されている。日々の為替レートは、通貨の売買、株式債券市場等に影響を与えるため、常に注目する必要がある。しかし、足元の為替レートの変動だけを見つめることは日本経済の大きな構造変化を見失い、将来に向けて深刻なリスクを抱える。加えて、経済のグローバル化が一段と進む中で、日本経済を国内の「円」の視点からだけ見つめることは、世界の中の日本の位置づけを見失う危険性がある。

2. 構造変化を見る為替レート

 「構造変化を見る為替レート」とは何か。米国ドル(以下「ドル」)だけでなく日本の貿易相手国の為替レートをウェート付けし、さらに相手国のモノやサービスの物価水準を統計的に勘案して算定した「日本経済の実力を示す為替レート」である。2023年の日本の輸出相手国は中国経済の減速もあり米国向けが20兆円を超えトップとなったものの、中国、ASEAN、そして欧州、中東等の貿易相手国としてのウェートは輸出入両面で着実に拡大している。実体経済面でドルとの為替レートだけで日本経済を判断するには限界がある。

(注)赤線=円・ドル為替レート、左目盛:単位円。青線=実質実効為替レート、右目盛り:指数。

 実質実効為替レートは2000年の指数120台からほぼ右肩下がり(円安、相対的競争力低下)で推移し、今は指数60前後まで低下している。実質実効為替レートは日本経済の構造変化や競争力を示すひとつの指標であり、指数が小さいほど国際競争力が低下していることを示している。円安の影響もあるものの、日本の世界経済における位置づけは、2000年に入り「失われた20年」の間で低下し続けているのである。

3.ドルで見る日本経済

 日本経済を見る際に必要なことは、日常から「外」の目線で見ることである。2023年後半から訪日外国人の人数が増加し2024年3月には単月で初めて300万人を突破し、年間3000万人を大きく超える勢いにある。その背景として、円安があることは周知のとおりである。ドル換算ベースの日本の消費者物価をみると2021年対比でも2024年で約20~25%下落していることが分かる(図1)。この間、日本の円で示した消費者物価はほぼ横ばいないし上昇であり、国内の視点に比べて海外から見た場合はモノやサービスの価格が大きく下落している。この結果、訪日外国人にとって日本国内での消費活動は経済的にメリットが大きい。加えて、実質実効為替レートでみたように、米ドルだけでなく貿易相手国のほとんどの通貨に対して円安となっていることから、幅広い国籍の外国人が訪日し消費活動を展開している。

(資料)総務省「全国消費者物価指数」、日本銀行「外国為替」

 訪日外国人の消費活動、すなわち外から見た活動が日本経済を支える中、国内政策として「所得と消費の好循環」、具体的には物価上昇を上回る賃上げとそれによる消費拡大が意図されている。日本国内の勤労者の定期収入を円ベースで見ると波を打ちながらもほぼ横ばいの推移である(図2)。しかし、ドルベースでは右肩下がりで減少し2021年水準の約7割となっている。世界と日本の賃金格差が相対的に拡大していることを意味しており、国民生活の質の面にも影響を与えている。

(資料)総務省「家計調査」、日本銀行「外国為替」

 同様に国内の不動産価格は依然として上昇圧力が高いものの、ドルベースでみると2021年対比で下落している。賃金、不動産価格等投資コストが相対的に低い日本へのデータセンター、半導体工場立地等海外からの設備投資も拡大傾向にある。しかし、情報化社会においてこれまで以上に付加価値の創造が大きな意味を持つ時代となっている。データセンターでもデータ集積が最終目的ではなく、データの中に隠れた見えづらいダークデータを発掘し、一歩も二歩も先の将来を見通し次の成長投資に結びつけることにある。そうしたことへの環境整備も必要となる。

(資料)国土交通省「不動産価格指数」、日本銀行「外国為替」

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

【Business論説】日本経済を外から見る~「円」ではない「ドル」の視点.pdf
TOP