【理事長論説】経済構造とアナログ規制改革のインパクト②(若生幸也)(2023年10月5日)
経済構造とアナログ規制改革のインパクト②
1.はじめに
前回【理事長論説】経済構造とアナログ規制改革のインパクト①では、日本とOECD加盟国平均の付加価値生産性の差が拡大し続けていることを示し、日本の企業付加価値の要因分解では2000年代に入り人件費や減価償却費が伸び悩む一方、将来への投資余力としての経常利益は増加していることを示した。この結果、内部留保としての企業余力は拡大しても、持続的成長に結び付く人材や設備に対する積極的投資は全体として低調に推移し、企業全体の付加価値は拡大しない実態にあった。また、1990年代以降に世界経済・社会の変革を主導した情報通信革命のハブとなる情報通信業の労働生産性も主要先進7カ国が概ね向上する中で日本は横ばいの推移にとどまっている。これはデジタル化など規格化された新たなシステム導入が他国に比べ進んでおらず、従来のアナログ的な労働集約的産業としての特徴が色濃く残存していることを示している。本稿では、この残存を克服するために時間外労働規制である「2024年問題」が大きな影響を及ぼす建設業にまず焦点を当て、アナログ規制改革(アナログ規制見直し)の方向性と課題を考察する。
2.建設業の状況
(1)設備投資動向
企業の持続的成長の要因である設備投資額を全産業と建設業で比較すると、2009年以降は全産業よりも先行して建設業の設備投資に上向く傾向が見られる。この背景としては、東日本大震災復興需要と2回目の東京オリンピックに向けた政策誘導的投資が、他産業に比べて大きくプラスに影響していることが指摘できる。
(資料)財務省「法人企業統計」より筆者作成
(2)利益剰余金動向
こうした設備投資の拡大は、建設業の付加価値を増大させ新たな労働投入、新たな設備投資、そして経常利益の改善に結び付いている。付加価値の増加が新たな投資へと結び付くことで企業・業界、そして日本経済全体の持続的成長を生み出す。しかし2010年度以降、付加価値の拡大は新たな投資に結び付きづらく、将来の投資に備える内部留保たる利益剰余金に大きく積み立てられる傾向を強めている。以上の背景としては、マイナス金利・量的緩和政策、そしてデフレ社会の中で従来の右肩上がりを前提とした投資姿勢に変わる新たな投資のあり方が、マクロベースでは見失われていたことが指摘できる。
(資料)財務省「法人企業統計」より筆者作成
(3)人材動向
設備投資と並んで付加価値を生み出す源泉となる労働投入を見ると、直接部門従事者(管理的職業従事者・事務従事者数を除く)の割合は、製造業がほぼ横ばいで推移している一方で、建設業では2013年をピークに低下傾向となっている。これは、建設業の労働集約型性格が強い状態にあるとともに、現場に従事する技術者・技能者の確保が困難化していることを示している。こうした状況は、2024年の労働時間規制に向けて更に強まっており、例えば、帝国データバンクの調査によると、2023年上半期の人手不足倒産は建設業が45件と全体の4割を占め最も多く、前年同期(15件)比3倍となっている[1]。
(資料)総務省「労働力調査」より筆者作成
3.アナログ規制改革のインパクト
(1)アナログ規制改革推進一括法による横断的改革
従来の国家戦略特区等各種特区制度や規制改革推進会議などこれまでの規制改革では、主に個別分野・業態ごとに焦点を当てて議論と実践を進めてきた。一方、アナログ規制改革推進一括法に基づく今回のアナログ規制改革は個別分野ごとではなく、デジタル化を阻害する法令を一括して横断的に見直す取組を強めている点に特色がある。加えて、類似の一括法である地方分権改革一括法と比べると、地方分権改革が国と地方の行政組織間の権限配分が主眼となり必ずしも国民生活自体に直接密着した議論とはなっていなかった。しかしアナログ規制改革は、行政分野でのマイナンバーカードやe-Tax、民間各分野でのデジタルサービスの活用促進など国民生活の日常にも密接に関係し、かつ議論だけでなく実践する取組となっている。
(2)明示のルールによる非競争領域の標準化・共通化を促す新しい理想的将来像
アナログ規制改革は、明示のルールを用いて企業に変革を求める取組である。しかし、新たな明示のルールを経済社会に反映させ日常に組み込む際には、企業をはじめとした既存の組織や地域に潜む暗黙知の形式知化が大前提となる。暗黙知とは、関係者以外の外部から確認できないあるいは確認が難しい「利害調整・配慮・忖度」等の情報であり、形式知とはこうした暗黙知を外部から確認できる情報形態に変革することを意味する。デジタル技術が浸透していないアナログの段階では、暗黙知が政治、企業そして地域にも多く存在し社会全体に大きな影響を与えてきた。しかし、デジタル改革ではデータを通じて暗黙知を特定の関係者の所有物とせず、より多くの人たちの共有物とする大きな流れを生み出す。そこでは従来、暗黙知の中に埋もれていた新たな視点・発想が形式知として発掘され、新たな経済社会活動を生み出す。
例えば、社会全体のデジタル化は著しく進展しており、携帯電話保有者のスマートフォン比率は2012年22.9%から2023年96.3%と飛躍的に増加[2] している。また、前述した国民と行政との接点たるマイナンバーカードの人口あたり申請率も2023年9月10日現在78.1%、交付枚数に対する保険証利用登録率は70.7%、同公金受取口座登録率は61.4%[3]と新たな経済社会活動の基盤が整いつつある。このような社会全体のデジタル化は、新しい生活スタイル・活動スタイルを見せるものである。実際にマイナンバーカードを使えば医療費控除集計は瞬時に終わり、転出届や転入予約はオンライン化されている。それ以前に、Amazon等の企業は消費活動を大きく変革しており、今日においてインターネット通販なくして、日常生活は成立しないまでに至っている。
アナログ規制改革により日常を含めた経済社会活動の構造的変革を作り出したことは、企業の設備投資水準を新たなステージへ移行させ、経常利益の増加、そして人件費の質的変化へと展開し企業付加価値を高める要因となる。
4.おわりに
アナログ規制改革は個別テーマではなく横断的であり、かつ国民生活に直接身近な一括見直しである点に主な特徴がある。今後の取組はアナログ規制改革による新たな理想的将来像を目指し、企業の設備投資水準を高める。更に、企業だけでなく行政の規制運用自体をデジタル化する設備投資を政策的に進めることで社会全体の生産性向上につなげる視点も付言しておきたい。その際に、暗黙知を形式知とする取組は、企業以上に行政において大きな要因となることを認識する必要がある。
[1] NTTドコモモバイル社会研究所「2023年一般向けモバイル動向調査」(2023年9月18日閲覧)
[2] デジタル庁「マイナンバーカードの普及に関するダッシュボード」(2023年9月18日閲覧)
[3] 帝国データバンク「全国企業倒産集計2023年上半期報 別紙号外リポート」4ページ(2023年9月18日閲覧)
筆者がこれまで執筆したアナログ規制改革やアナログ規制見直しに関する論考は以下のとおり。
・若生幸也「経済構造とアナログ規制改革のインパクト②」『理事長論説(2023年10月5日)』2023年10月、日本政策総研。
・若生幸也「経済構造とアナログ規制改革のインパクト①」『理事長論説(2023年9月4日)』2023年9月、日本政策総研。
・若生幸也「アナログ規制見直しと例規」『例規の架け橋(令和5年夏号)』2023年8月、ぎょうせい。
・若生幸也「地方公共団体におけるアナログ規制の点検・見直しの在り方(下)―アナログ規制の点検・見直しの推進体制と具体的推進手法のポイント―」『地方財務(2023年5月号)』2023年5月、ぎょうせい。
・若生幸也「地方公共団体におけるアナログ規制の点検・見直しの在り方(上)―アナログ規制の点検・見直しと押印見直しとの異同―」『地方財務(2023年4月号)』2023年4月、ぎょうせい。
若生幸也(わかおたつや)
日本政策総研理事長兼取締役
東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員