【若生幸也の眼】国家戦略特区による規制改革全国展開機能の検証(若生幸也)(2022年7月25日)
国家戦略特区による規制改革全国展開機能の検証
若生幸也
はじめに
2013年に国家戦略特区制度が開始され、来年2023年には10年の節目を迎える。これまで10地域が国家戦略特別区域として認定され、2022年3月10日時点で66もの規制改革メニュー(重複含む)が活用されてきた。認定事業数は408事業を数え、一定の広がりのある取組に見える。一方、功罪両面で様々な注目を浴びたことも間違いなく、枠組のやや異なるスーパーシティ・デジタル田園健康特区の5地域を除くと認定地域数は増えていない。
国家戦略特区の目的は「日本の経済社会の風景を変える大胆な規制・制度改革の突破口である。大胆な規制・制度改革を通して経済社会の構造改革を重点的に推進することにより、産業の国際競争力の強化とともに、国際的な経済活動の拠点の形成を図り、もって国民経済の発展及び国民生活の向上に寄与すること」[1]とされている。
加えて「規制改革の突破口という位置付けから、国家戦略特区において措置された規制の特例措置は、その実施状況等について適切な評価を行い、当該評価に基づき、その成果を全国に広げていくことが必要である」[2]としている。すなわち規制改革事項の全国展開を規制改革に向けた重要機能として位置付けている。そこで本稿では、これまでの国家戦略特区の規制改革事項と全国展開の状況を概観し、全国展開の促進に向けた取組を考察したい。
1.規制改革事項と全国展開の状況
以下図表では、2022年3月時点の各分野の規制改革事項と全国展開の状況を示している。各分野によって全国展開の動向は異なるものの、まず全規制改革事項は113件であり、そのうち全国展開された規制改革事項は52件(46.0%)となっている。このうち特区を経由せずに直接全国展開された規制改革事項も全・全国展開52件中35件(67.3%)と多いことが分かる。
図表:各分野の規制改革事項と全国展開の状況(2022年3月時点)
逆に言えば、特区を経由して全国展開した件数は17件(32.7%)である。この割合は2017年8月には全・全国展開が24件でそのうち特区経由全国展開は3件(12.5%)[3]、2021年3月には全・全国展開が44件でそのうち特区経由全国展開は9件(20.4%)であった[4]ため、時間を経るごとに上昇していることは確かである。
なお、一定の期間がなければ特区の効果や課題を判定できないと想定されるため、2年超の特区を規制改革事項の母数として整理する(構造改革特区のおおむねの全国展開の目安が2年とされていたことによる)。本来支障がなければ全国展開すべき2年超特区と全・全国展開の合計107件に対して、特区を経由して全国展開した件数は17件でありその割合は15.9%にとどまる。
国家戦略特区の基本方針には大胆な規制・制度改革の「突破口」として位置づけられ、規制の特例措置は実施状況を適切に評価し成果を全国展開する必要があると示されている。一方、特区を経由して全国展開した割合は全国展開した規制改革事項に限っても32.7%、2年超の特区も含むと15.9%にとどまるのが実際であり、規制改革の「突破口」としての機能は再度「発破」が必要な状況にあると言えよう。
2.全国展開機能の強化に向けた取組事項
経済同友会では2021年5月に「国家戦略特区を改革の突破口に」という提言書をまとめている。基本的な状況認識は筆者も同様であり、経済同友会の提言では、①規制改革推進体制の一元化、②全国展開を阻む特段の弊害の定義・判断する指標等の明確化、③内閣府の主導的役割、が挙げられている。
筆者もこれまで国家戦略特区の規制改革全国展開機能の強化に向けて様々な提案(提案1)(提案2)(提案3)を行っている。特に重要なのは規制改革事項の全国展開に向けた根拠の明確化にある(経済同友会提言で言う②に当たる)。
具体的には以下図表のような観点が重要となる。①規制改革事項の成果・課題の横断比較では、同種の規制改革を実施する特区の評価指標を揃え、実施上の課題を含め横断比較を行う。特に実施上の課題有無は具体的な課題が発生していなければ、本来は全国展開の支障はないため、明確化することが求められる。一方で、規制改革の運用実績が少なければ、そもそも課題有無を判断できるほど運用実績がないと規制所管府省から位置づけられる懸念もあるため、内閣府・地方自治体・民間事業者がそれぞれに一定の運用実績を担保する努力が不可欠である。
②近似する条件の地域との成果・課題比較では特区を社会的実験の場と捉え、規制改革事項を実施した特区と経済社会的条件の近似する地域をあらかじめ選定し評価指標の差分や実施上の課題有無を比較することが求められる。デジタル田園健康特区も、せっかくテーマを揃えて自治体を指定するのであれば、可能な限り他の条件も揃えた観点から位置づけることが望ましい。
③規制改革では規制客体の負荷(いわゆる規制遵守費用:規制対応の行政手続コストと規制対応の設備投資)軽減効果を整理することがまず第一歩となる。また便益側の算定は難しい部分もあるが、特に大きな便益が発生する規制改革では費用便益分析などの手法も検討することが望ましい。これらの分析結果と異なる判断を行う場合の挙証責任は本来規制所管府省が負うべきであり、可能な限り水掛け論を抑止するにも有効な手法であろう。
図表:国家戦略特区の規制改革全国展開機能の強化に向けた観点
出典:筆者作成
おわりに
これまで見たように2013年に国家戦略特区制度が開始され、徐々に全体の全国展開における特区の役割は増加傾向にあるものの依然として3割にとどまり、本来支障がなければ全国展開すべき2年超特区と全・全国展開に占める特区経由全国展開の割合は15.9%にとどまる。様々な特区制度・規制改革制度を整理しつつ、国家戦略特区における規制改革の「突破口」機能を再度「発破」することを政府に期待したい。
若生幸也(わかおたつや)
日本政策総研副理事長兼研究主幹
東京大学先端科学技術研究センター客員研究員
[1] 内閣府「国家戦略特別区域基本方針」平成26年2月25日閣議決定、令和4年4月1日一部変更、6ページ
[2] 同上
[3] 若生幸也「国家戦略特区とは何か 課題残る規制改革の全国展開」『Kyodo Weekly 2017(8)』2017年8月、5ページ
[4] 経済同友会「国家戦略特区を改革の突破口に」2021年5月、1ページ
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