レポート・コラム

【財政を見る眼】公会計改革の理念と行政評価(宮脇淳)(2022年5月9日)

公会計改革の理念と行政評価

宮脇淳

地方財政を支える公会計制度は、2014年に発生主義・複式簿記の導入、固定資産台帳の整備等統一的基準による地方公会計の整備がスタートしている。そして、さらに「適切な固定資産台帳の更新」、「適切な財務諸表の作成」、「作成した財務諸表の読解・分析」、「課題の抽出から課題解決に向けて」、公会計の活用促進を進める方向となっている。そこでは、行政評価も含め、「予算額の増分から成果の増分」に向けた意思決定の質的転換が求められる中で、従来の課題抽出とその解決に向けた意思決定のあり方をも変革することが必要となっている。その変革を支える要因として、地方公会計が生み出す情報の質の転換とその活用の重要性が指摘されている。従来の利害関係調整を基本とする政策形成に対して、自治体経営を事務事業や施策ごとの目的と手段の連鎖構造として捉え定量的指標を中心とする社会科学的分析手段と結果を循環的に行財政全体の質的改善に結びつけることである。

今日の自治体経営の中核として求められている科学的分析は、20世紀の欧米を中心に発展し、理性による普遍性を基礎とした科学や技術の進化が経済社会発展の原動力となると考える19世紀の啓蒙主義を始点としている。日本では、20世紀後半の国勢調査等データに基づく統計学の発展、それに続く情報処理技術の進化に支えられ国の行政機関を中心に拡充してきた。このため、統計学や情報処理技術を背景とした数理的政策学の発展は、政策の体系化に対する哲学的思考、政治的思考以上に、数値による実証主義を重視する傾向を近年では強める方向にある。そして、科学的分析手段によってもたらされる結果は、次の自治体経営の展開や政策の循環構造の中に組み込まれ、政策の抜本的見直しに貢献することを期待されている。このため、①政策に関する意思決定に参画する政策形成者は、評価機関が下した結果を受け取り、その結果に基づいて政策の存廃も含めた大胆な政策の見直しを必然として実施すること、②評価結果が政策形成に確実にフィードバックされることを前提としていることから、評価機関の構成員は行政の政策形成には関与しない独立した位置づけを基本とすること、などの特性を持つことになる。この流れを支えるのが行政評価制度である。

行政評価制度は、外部者を中心に構成する評価委員会を形成し、その審議において費用対効果分析、あるいはそれに替わる達成率、満足度などの定量的指標を活用し評価結果をまとめ行政機関に提出する方法である。しかし、現実には自動的ではなくても、提出された評価結果が次の政策形成や予算編成に着実にフィードバックできることは、困難な場合が圧倒的に多い。それは、定量的指標によって行われた評価結果が、地域や領域ごとに多様化する環境や住民ニーズ、過去から積み上げて来た地域の構造、制度的関与などと一致せず、民主的なプロセスとの間で解決困難な対立を生み出すことによる。この乖離を政治的にも克服せず表面的・形式的に合理的形成による評価制度を維持しようとすれば、目標値等定量的指標の設定に介入し、達成可能な目標水準を設け現実と評価結果の乖離をなくす糊塗的方策が選択されやすくなる。さらには、定量的な分析手法そのものに恣意的要素が混入し、評価自体を事務的ルーティンワークとして位置づけ、実際の政策形成等とは実質的に分離した存在にするなど、PDCAサイクルの存在意義を低下させる実態に陥る。行政評価やそれを支える公会計の新たな制度を表面的に整えるのではなく、合理的形成の観点から利害調整では埋没しやすい視点を掘り起こし、利害調整によって展開される裁量的判断に対する説明責任を徹底する等の行動規範の形成が重要である。そのために会計処理とそれに基づく情報自体の重要性を、行政職員全体が共有することが前提となる。

宮脇淳(みやわきあつし)
日本政策総研理事長兼取締役
北海道大学名誉教授

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