レポート・コラム

【政策を見る眼】エビデンスによる政策議論(宮脇淳)(2022年5月2日)

エビデンスによる政策議論

宮脇淳

オミクロン株をはじめとした新型コロナウィルス感染動向、ウクライナ情勢等経済社会の今後が一段と不透明感を強めており、2022年度は不確実性を前提とした地方行財政の運営のあり方を検討し、地方自治体そして地域の持続性確保が必要となる。そのためには、地方自治体でのエビデンス型の政策議論が重要となる。不確実性を認識した根拠に基づく議論である。利害関係の調整や政治的パワーゲームによる議論だけではなく、当該政策選択肢の選定理由を明確に有権者等に説明することを担保した議論である。加えて、住民監査請求、住民投票、行政事件訴訟等住民の問題意識が徐々に高まる中で、自治体経営の信頼性を高める面からも重要となっている。但し、留意すべき点がある。それは、法的エビデンスと政策的エビデンスの違いである。法的エビデンスは、過去の出来事に対する確実な根拠に基づき法律的視点からの適法・違法等を判断する内容であり、政策的エビデンスは将来を見た推測的根拠により地域のあり方を考える。将来に向けた推測的根拠は、常に不確実性、すなわち、リスクを必然的に抱える。

政策議論にはいくつかの類型があり、議論の際、あるいは議論を検証する際にもその類型を踏まえ、より良い質の議論へと高めていく必要がある。政策議論は、①「主張型」、②「伝聞型」、③「引き出し型」、④「エビデンス型」に分けることが可能である。①主張型は、独自の考え方・自ら思うことを提示する「自己主張型」と社会における特定の主義に基づく「原理主張型」がある。この類型は、キャッチボールによってより良い政策を求める議論とは異なり、一方的に伝える演説型となりやすく、とくに原理主義的に他の考え方を受け付けない姿勢が強いため政策議論とは異なる性格を持ちやすい。②伝聞型は、他者の考え方のコピーや特定利害集団の代弁等を基本とした議論である。前者は、「性急な一般化」、すなわち一部の限定された他者の意見を引用し自分のものとして主張する形であり、他者にとって主張としての根拠が弱く内容が変動しやすい。これに対して後者の「利益誘導型」の場合、例えば特定の業界や集団の利害を背景とするため、議論者の背後に存在する利害集団の主張や特性を踏まえる必要がある。③引き出し型は、ない物ねだり政策とも呼ばれ、自ら考えるのではなくどこか先行して良い政策はないか探り出し、そのまま主張する形態である。先行事例を調べて活用することは、重要である。しかし、単純にコピーし活用することは地域ごとの特性等を軽視し有効な政策とはなりづらい。

エビデンスに基づく政策議論は、議会だけでなく行政内部の議論においても不可欠である。しかし、リスクを認識し不確実性を受け止める行政体質を形成するには、「見えない非効率(X非効率)」の発掘が重要となる。多くの地方自治体では、これまで職員数や歳出削減による組織・業務のスリム化に努力してきた。しかし、職員数や予算額など表面的な数値のみに依存したスリム化は、業務の多様化や複雑化、そして組織の新たな情報蓄積や伝達移転の仕組みづくりによる人間行動とは連動せず、行政組織の効率化や地域の持続性に対して大きなリスク要因とならざるを得ない。行政組織の中の意思決定や行動の中には、無意識化している「見えない非効率」が多く存在する。それを残しながらスリム化が進行するため、リスクすなわち行政活動の阻害要因を見えない中で拡大させる。見えない非効率の中に、将来に向けたリスクを抱え込む非合理な意思決定や人間行動を生む組織体質が存在する。予算額や人員などを削減しても、従来展開してきた意思決定や行政活動に潜む「見えない非効率」を温存し続ければ、行き着く結果は行政内の非効率の比率を拡大させ「努力しても報われない実態」となる。まず、行政組織自体がエビデンスに基づく政策議論が可能な組織体質を形成する必要がある。その前提は、自らX非効率を掘り起こすことである。

宮脇淳(みやわきあつし)
日本政策総研理事長兼取締役
北海道大学名誉教授

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