レポート・コラム

【経済トピックスNo.6】合意の形(宮脇淳)(2025年7月7日)

【経済トピックスNo.6】合意の形

 米国トランプ政権誕生以降、関税問題等国際経済社会の揺れが大きく利害対立も激しくなっています。一国内の揺らぎであれば、合意事項を裁判所で強制力を持って明確にすることが可能です。しかし、国際社会では強制力を持つことに著しい限界があります。そうした中で、国際社会で展開される外交交渉の質を見ることは、リスク管理として企業や地域にとっても重要となります。外交交渉の目的は、「何らかの合意」を実現することにあります。この「何らかの合意」とは具体的には、①国際法的合意。②政治的合意。③紛争解決合意、④紛争回避合意に分けられます。
 「国際法的合意」は、国際法に基づき恒常的な強い法的拘束力を明確にした合意です。しかし、残念ながら両国あるいは多国間の利害が完全に一致しないと実現できないため、これまでも極めて稀な合意形態となっています。二番目の「政治的合意」は、法的拘束力は弱いものの参加各国の政権間で形成される合意です。政権に変化がない限り一定の実効力を有しますが締結国の政権に変化が生じた場合、内容の解釈等に違いが発生し新政権で別の政治的意図が表明されることも少なくありません。政治が揺れ動く時代には、とくに生じやすい現象です。
 三番目の「紛争解決合意」は、地域紛争、経済摩擦等すでに顕在化している国家間問題に対処することを目的としており、まずは何が対立の争点かを明確にすることから始めます。このためロシア・ウクライナ紛争、イスラエル・パレスチナ、そしてイスラエル・イラン問題など利害対立の原因自体に争いがある場合は合意に向けた交渉は難しい状況に陥ります。最後の「紛争回避合意」は、今後に予測される紛争を予め認識し対立を防止することを目的にした合意であり、紛争解決合意に比べて原因を明確にせずに議論をスタートできる利点があります。しかし、協議の場は形成しやすい反面、双方の利害が明確に共有できず実質的協議が進まない実態を生みます。具体的には、トランプ政権の関税政策等が典型であり今後の対立を防止するための交渉となりますが、そもそもの対立要因となっている利害関係が明確にされず交渉がスタートしても遅々として進まない実態に陥ります。
 合意の意味に加えて、トランプ政権の交渉形態が国連等多国間協議ではなく、二国間協議を志向する流れを強くします。なぜならば、力の差が大きく協議に影響する形態だからです。国力の差が交渉を支配すれば、格差は拡大し経済活動への支配力にも歪みが生じます。政治パワーのひとつに不明確性があります。トランプ政権の交渉手法は大きな課題を提示し、その課題を回避するための紛争回避合意たる交渉を始めますが、二国間協議を基本として展開しプロセスを不明確にする中で不明確性を活用した力の構図を深めます。今日の世界はグローバルネットワークの下で多国間の合意形成に努めないと、分断社会を生み出し世界全体としてのサプライチェーン、そしてセーフティネットを機能不全にする危険性を認識する必要があります。

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

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