【自治体政策論説】報われない改革・・X非効率の存在とDX(宮脇淳)(2024年4月1日)
報われない改革・・X非効率の存在とDX
宮脇淳
1.はじめに
地方自治体等行政機関の働き方改革が、デジタル化やDX(Digital Transformation)とともに大きなテーマとなっている。とくに基礎自治体(市区町村)では、若年層の採用難と定年退職の増加に伴う職員数の減少、中堅層の不足、技術系をはじめとした有資格人材の確保難等人的資源の制約が加速度的に高まっている。反面、国、都道府県からの委託業務等も含め仕事量は着実に多様化しかつ増加を続けるだけでなく、超高齢化の進展等から対面業務に対する時間投入も増加しつつある。そこでは、機械化やデジタル活用による効率化、民間企業への外部化等により改善の努力も展開されているが、従来の組織体質の改善、業務の改廃やプロセスを含めた質的見直しを本質的に強化していく必要がある。それなしでDX等に取り組んでも、期待した成果は生まれない。
2.データの「量と質」
「費用削減」、「人員削減」等数的コントロールによる組織改革は、よく見られる取組みである。数値によるコントロールは可視化が可能であり、かつ他との比較による客観性の担保が可能であるといった利点を有しており、不可欠な取り組みである。しかし、数値は「量」を示すものの「質」は直接的に示さない点に注意が必要となる。職員数が減少して量的スリム化は実現しても、組織の働きやすさや公共サービスの利用しやすさが改善しているとは限らない。また、アンケート調査で多くの回答者が選択した答えが真意とは限らない。なぜならば、回答の量は回答の意思の強弱は示さないからである。
以上の意味から、例えば、職員の働き方改革の成果は残業時間等の減少だけでなく、同時に勤務時間内での働く環境も視野に入れ、残業時間の減少が勤務時間全体、あるいは勤務時間外での実質的な就労や職員行動に潜む矛盾がデータに現れていないか確認する必要がある。
3.見えない非効率
(1)進化と自覚的フィードバック
質の改善の取組みには、「改革」ではなく「進化」が重要となる。進化とは、「絶え間ない継続的変化」を意味する。進化は、改革とは異なる。改革が、短期的に大きな枠組みの再構築を行うのに対して、進化は日常から少しずつの見直しを積み上げていくプロセスとなる。改革が外部からの圧力により起動し短期的な成果を求められる傾向が強く、数値コントロールが重要な評価軸となる。これに対して、進化は外部からの強い圧力ではなく、組織内で自ら課題を発掘し自覚的フィードバックを通じて起動し続けるため質的側面に視野を深めやすい。
自覚的フィードバックの重要機能に、「見えない非効率」の発掘がある。多くの地方自治体等行政機関では、これまで職員数や歳出削減による組織・業務のスリム化に努力してきた。しかし、前述のように職員数や予算額など表面的な数値のみに依存したスリム化は、業務の多様化や連関性の高まりといった質的要素と連動せず、行政組織の効率化や持続性の確保に対してむしろ大きなリスク要因となる場合が生じている。組織体質とその中で展開される意思決定や行動の中には、無意識化した「見えない非効率」があり、それを残しながらのスリム化が質的矛盾を生じさせている。見えない非効率の中に、将来のリスクを抱え込む非合理な意思決定や人間行動が存在するのである。
(2)逆機能
従来から展開してきた意思決定や活動に潜む「見えない非効率」を温存し続ければ、行き着く結果は行政内の非効率の比率を拡大させ「努力しても報われない実態」となる(図表)。たとえば、情報化などの取組みを進め管理職の階層を減らし組織をフラット化すること、あるいは決裁手順を簡素化すねことなどに取り組んでもインフォーマルな側面で従来同様の意思伝達と決裁のルールが残存し(暗黙のルールの優位性)、二重の負担が発生するなどの実態である。そのことは、最終的に職員のモティベーションの低下と公共サービスの劣化に結びつく。
こうした実態の場合、表面的な効率化に努力するほど自治体経営の機能が劣化するいわゆる「逆機能」をもたらす。逆機能とは、課題を改善するため取組んだことが、意図せずに当該課題を一層深刻化させることである。見えない非効率は、ルーティン化・無意識化している領域に多く存在する。自覚的フィードバックとは、見えない非効率を組織と職員自らが意識的に掘り起こし、克服に向けて新たな意思決定や行動原理を模索し創造することである。そのため、常に「当たり前」への問いかけが必要となる。
4.非合理な意思決定
(1)ハインリッヒの法則
自覚的フィードバックを促す視点として、米国での労働災害の実証分析から検証された「1:29:300の法則」、いわゆる「ハインリッヒの原則」がある。組織内でひとつのミスや問題が生じた場合、背後には29の「組織内で認識できる問題点」があり、29の認識できる問題点の背後には300の「組織内では認識が難しい問題点」、すなわち「見えない非効率」の存在を示唆する法則である。
組織内で認識されたひとつのミスや問題点は、行為者などによるひとつの原因から導き出されることはない。原因は多くの場合に、複合化し相互に関連し合った集団的人間行動からもたらされる。ひとつのミスや非効率を組織内で精査することで認識可能な29の問題点を発掘し、そこにとどまらず300ともいわれる深層部に宿る日常化して無意識化した見えない非効率を発掘しなければならない。もちろん、29や300の数字は現実のケースにより異なりイメージ的な側面も持つ。重要な点は、組織内で従来の視点で発掘できる問題点は、原因の1割程度にすぎないことへの組織的意識である。300の見えない非効率を放置し続ければ組織内に病巣は残されたままとなり、同じミスや問題点を繰返して発生させる要因となる。
日常的に、組織自らは発掘困難な問題点を外部の視点などを取り入れつつ、継続的に発掘し問題を見直している組織は300の問題点も減少し、結果として組織全体の効率化が進む。とくに、情報化による経済社会活動の相互連関性の高まりは、従来にも増して見えない非効率の発生とハインリッヒの法則の重要性を示唆する結果となっている。
(2)非合理な意思決定
①エスカレーション
見えない非効率を抱え続ける要因として、組織を通じた「非合理な意思決定の構図」がある。非合理な意思決定の具体例としては、
- 行動エスカレーション=「今までやってきたから」に代表される経験や従来繰り返してきた行動を根拠に、将来の継続を正当化すること、
- 規模エスカレーション=予算・人員等規模の大小のみで判断し質的判断を回避すること、
- アンカーリングエスカレーション=最初に接した情報に大きく左右されること、
- フレミングエスカレーション=組織、地域などに好意的な情報を優先しやすいこと、
- アクセスエスカレーション=日常よく使うルートから得る情報を優先しやすいこと、
- 勝者エスカレーション=成功体験に左右されやすいこと、
がある。こうした非合理性を含んだ意思決定は、見えない非効率を通じて組織にリスクを埋め込む要因ともなる。このため、日常から非合理な意思決定の存在に留意し、自覚的に修正していくことが重要となる。
②脱表面的な課題・原則への認識
以上の「見えない非効率」、「ハインリッヒの法則」、「非合理な意思決定」は、組織だけでなく地域への政策展開でも同様に抱える問題である。経済社会現象では、表面的な出来事はすぐに認識できるものの、深層部に存在する本質的課題・原因は容易に顔を見せない。なぜならば、本質的課題・原因は、出来事に対して時間的・空間的に遠い位置に存在するからである。すなわち、時間的に過去から積み上げられ、組織間や人間行動の相互の関連性の中で投網のように形成された課題・原因が存在することである。
たとえば、東京一極集中により地方地域の過疎化が進むとする考えは、表面的な認識に過ぎない。地域により東京との関係は多様であり、地域産業の衰退が人口流出に先行して生じた場合でも地域産業の衰退の原因は様々である。したがって、単純に東京での生活コストや税負担の実質的引き上げあるいは地方での負担軽減などによって地方への人口移動を促し、東京一極集中を是正しようとしても、人口減少への歯止め効果は地方によって千差万別であり、その効果は限界的である。一律的・外見的な東京一極集中とは異なり、本質的課題・原因は容易に顔を見せない別々のところに存在する。分かりやすい表面的課題・原因のみに対処した政策の有効性は低く、地域問題を根本的に改善する効果を持たない側面があることには留意すべきである。
宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授