レポート・コラム

【Business論説】不確実時代のリーダーシップ②

不確実時代のリーダーシップ①

1. はじめに

 前回は、リーダーシップの変遷について整理した。今回は、不確実な時代のリーダーシップ論のひとつである「変革型リーダーシップ」と、その実践形態であるエンジン論を具体例とともに整理する。

2.変革型リーダーシップ論

 変革型リーダーシップ論は、経済社会の基底的変動が世界的に高まってきた1980年代後半以降、注目された理論である。不確実かつランダムに変化する社会に対して適切な方向へと導く行動に焦点をあてた考え方であり,「ビジョン」を重視し「動機づけ」を通じて組織変革を実現する点を重視する。
 変革型リーダーシップ論に先行した考え方である「行動論」や「条件適応理論」等が、組織全体を視野に入れて目標に向かい成果を上げることに重点を置いたのに対して、変革型リーダーシップ論はトップ・マネジメント層のリーダーシップのあり方に焦点を絞って展開している。焦点を絞った背景として、①組織の転換期に活躍した企業経営者に注目する臨床的事例研究を核としていること、②不確実な変革期を前提にチェンジすることを中核的課題としたこと、③不確実性に対する研究蓄積の重要性を認識したこと、④「交換型リーダーシップ」と「変革型リーダーシップ」の区別が重視されたこと、などによる。

3.交換型リーダーシップと変革型リーダーシップの区別

(1)交換型リーダーシップ

 交換型は、旧来のリーダーシップの基本類型であり「恩顧型」のひとつとして「価値交換(取引型)」で人を動かすことを基本とすることは前回も紹介した。政治の世界では、投票・選挙活動への協力とそれに対する見返り、民間企業や行政組織では目標達成と報酬・地位の引上げなどが価値交換の代表例となる。価値交換の前提として、リーダーとフォロワーの信頼関係が強固であり、フォロワーが何を望んでいるかをリーダーが明確に把握し、フォロワーの貢献に対して提供内容を明示できることが前提となる。裏面として、目標未達成には何らかの不利益を与える必罰的要因を有する。
 しかし、今日ではリーダー、フォロワーも含め価値観が多様化する時代を迎え、たとえば、昇格等責任のある立場につくことを望まない構図も深まるなど、価値交換や信賞必罰を基本とするリーダーシップの展開に一定の限界が生じている。そのため、リーダーもフォロワーの貢献に対して、提供すべき内容を把握・明示することが多様化している。そうした実態を受け入れず、交換型のリーダーシップに依存し続ければ、組織全体の持続力は劣化せざるを得ない。

(2)変革型リーダーシップ

 変革型は、フォロワーに対して価値交換だけでなく、高いモラル性を背景にフォロワーの行動を形成する。たとえば、一定の基準に基づき資料の整理整頓ができていない人に対して、基準に合わないことを理由に罰を課するのではなく、自らの創意工夫で整理整頓した方が仕事の効率が上がることを納得してもらうため、自主的に整理整頓する姿勢の形成に導くなど、信賞必罰の価値交換だけに依存せず自主的に行動できる環境を形成する点に特色がある。

4.リーダーシップ・エンジン論

 リーダーシップ・エンジン論では、リーダーが組織のすべての階層に存在し、彼ら自身が次の世代のリーダーを次々と生み出していく仕組みこそが、組織の永続性の確保に必要な条件であるとする。特定の者が牽引する機関車論ではなく他者の能力を伸ばすこと、価値観の多様化を受け止め相互に結びつけながら持続的な変革を起こす巻き込み型リーダーの育成を重視する考え方であり、以下の点がポイントとなる。

①全階層リーダー性

 急速な環境変化に対する組織の持続性確保には、素早い判断と行動が不可欠である。組織の全階層で人々が発想し価値観、エネルギーとエッジ(大胆な意思決定力)を持って適切に行動する必要がある。そのためには、現実を把握し創造的に発想しスピーディに行動を起こせるリーダーが組織の各層に存在することが前提となる。

②教育する組織の存在

 リーダーを高く評価し、リーダーの育成に時間と資金を積極的に使うことが重要である。あらゆる機会を用い組織の全階層でのリーダーシップを奨励し、トップに立つリーダーが他のリーダーの育成に自ら取組む構図である。リーダーの目標は「学習する組織」ではなく「教育する組織」を創り出すことであり、組織各層のリーダーは、自分が学んだことを進んで他者に教える責任を持つことが重要である。

③育成すべき領域

 フォロワーをリーダーに育成する際に、「アイディア」・「価値観」・「エネルギー」・「エッジ」の4つの領域が重要となる。そして、リーダーの教育機能として重要なことは、上記4つの領域にまたがる教育的見地を織り込んで、人々の行動に結びつけるストーリーを提示することにある。自分が考えるプログラム、方針、計画のメリットを納得してもらい行動力を喚起する。成功したリーダーのストーリーには、変革の論拠、・どこへ向かうかの羅針盤、・到達するプロセスが含まれるからである。

5.意識に見えるギャップ

 リーダーシップ・エンジン論で重要なことは、組織を形成する各層の意識を適切に把握することである。各層の意識とは、集団の意識傾向の把握であり、例えば、社員アンケートが示す個々の「ニーズ」ではなく集団が抱える「ギャップ」を明確に把握することを意味する。

 図表1はA組織で実際に行われた「職場に対する意識調査」のアンケート結果例(2000人強の組織で回答者数1400名強)であり、「転職する意思」を問いかけた設問の分析結果である。単純集計では半分強の約740人が「転職する意識はない」とし、残り半分弱の約700人が「転職する意思がある」と答えている。こうした回答結果を直接的に解釈すれば、「転職する意識がない」社員が組織に対して忠誠心が高く貢献姿勢が強いと判断することも可能である。
ここで留意すべきは、アンケート結果に限らず単純な数字は意識の「多寡・量」は示しても、「質」すなわち意思の強弱は示さないことである。上記アンケート例の場合、「質」とは「転職する」あるいは「転職しない」ことへの意思の強固さである。
 上記アンケートの回答をさらに分析すると、回答間に「ギャップ」が潜んでいることが分かる。それは、転職意識の有無と現在の仕事や組織に対する意識に潜んでいる。「転職する意識がない」集団では、当該職場内での「キャリアップを望まない」、「給与に不満」、「仕事に不満」の回答が大きな割合を占めている。このことは、転職する意識がない集団は、必ずしも当該職場を積極的に評価しているのではなく、組織の仕事等に対して不満を持ちながら消極的に行動する集団としての特性を持っていることが分かる。これに対して「転職する意識がある」と答えた集団では「キャリアップを望み」、「仕事や給与への満足」を示す集団的性質が存在し、現在の組織の仕事に対する積極的意欲が相対的に強いことが分かる。
 このことから、「転職意識がある集団」が抱える現在の組織に対するギャップを適切に把握しておらず、やる気がある集団の姿勢に応えられていないことこそリーダーシップの本質的な問題であることが分かる。「転職意識のある集団」は給与等にも一定の満足度を示しており、形式的な給与の引き上げで対処しても一時的な効果にとどまり、持続性のある対応とはならないことが示されている。すなわち、給与、職場環境の改善、逆の措置としての懲罰などは仕事に対する「刺激的動機付け」であり、一時的な効果がある一方で、慣れや耐性が生じることから動機づけとしての持続性が弱い点に特色がある。目標達成に対する内面的動機付けにより、達成感を高める必要がある。 
 こうしたギャップの把握は、年代間や世帯構成の違いでも生じる。先のアンケート結果例の記述式回答の整理でも見ることができる。日本的な年功序列組織の場合、基本的には年齢階層の高い者が若い年齢層を評価する構図となる。その際に留意すべきは、個々人の仕事に対する動機づけと同時に、年齢階層ごとに中心となる動機づけが異なる点である(図表2)。これを踏まえずに、自らの年齢層の動機を中心にリーダーシップを発揮すれば、そこに新たなギャップを生み出す結果となる。ニーズの背後にあるギャップ認識し組織のエンジンとして的確に把握・改善する必要がある。

   (図表2)年代別動機付け
20歳代

自分チャレンジ内発型

30歳代

自分チャレンジ内発型+職場・家庭での役割充実型

40歳代

職場・家庭等集団内での役割充実追求型

50歳代

職場・家庭等集団内での特定の役割追求型

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

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