【Business論説】日本経済のレジリエンス(Resilience)と国際環境(宮脇淳)(2024年1月1日)
日本経済のレジリエンス(Resilience)と国際環境
宮脇淳
1. はじめに
レジリエンス(resilience)とは、「困難を乗り越え、しなやかに回復すること」を意味する。地域だけでなく企業経営においても、様々な困難やストレスに対してしなやかに立ち向かい回復力を持って乗り越えることを意味する。国際政治の多国間協調体制が大きく揺れ、経済社会で様々な下降リスクが高まりつつある。そうした中で、2024年の日本経済は賃金・働き方改革の推進に加え、AI・DX、脱炭素化対応等急速に進化する技術とそれを受け入れる社会システムの構築が待ったなしの状況にある。2024年をこうした変革に取り組み、次の日本経済社会の発展に結び付けるチャレンジの年とするには、レジリエンス力が不可欠である。この日本のレジリエンス力を国際情勢の視点から概観する。
2. 2024年日本経済社会の環境
2023年後半から足元までの日本の景気動向を見ると、コロナ禍収束後の国内需要回復をインバウンドが牽引するとともに、円安傾向による自動車等製品輸出の拡大、DX等を中心とする設備投資の回復が企業収益を大きく押し上げてきた。さらに、これまで政策の指標となってきた物価が少しずつ落ち着きを見せはじめている。その中で、20年以上続いたゼロないしマイナス金利政策の転換が住宅ローン等も含め個人、法人、国・地方自治体等の経営、そして為替動向に如何なるインパクトを与えるか大きな留意点となりつつ、賃金引上げを着実に消費に結び付ける 好循環の経済を創出することが求められている。
一方、転換期を迎えた日本を取囲む国際社会では国連・G7等多国間協調の枠組みが大きく揺れ続け、次の時代の枠組みをウクライナ紛争、イスラエル・ハマスに端を発した中東問題、米中の二国間協議などの中で模索し続けている。とくに、2024年は米国大統領選挙の年であるほか、年前半よりロシア、インド等BRICs諸国、インドネシア、メキシコなど新興国でも大統領選挙・総選挙が行われる。国際政治も揺れる中で経済の減速に伴うソフトランディングの可能性、資源制約・環境問題への対応、中国の経済・金融の行方など下振れリスクが存在する。
レジリエンス力の「しなやか」とは、こうしたリスクに翻弄されることなく戦略的に受け止め、次のステップに結び付けていくことを意味している。
3. EUの脱海外依存戦略
以上の「しなやか」な対応は、経済面でとくに中国等BRICs依存が高いEUで重大な課題となっている。2023年10月、スペインのグラナダで行われていたEU首脳会議でEU自身の競争力とデジタル化の強化に加えて、経済安全保障の面から中国をはじめとした第三国依存からの脱却が大きなテーマとなった。そこでは、①新型コロナの感染拡大、ロシアのウクライナ侵攻の発生等を受けたEU自身のレジリエンス力の必要性が強く提示されたほか、②競争力を強化する中で原材料、医薬品原薬、半導体素子、グリーンテクノロジー等重要分野に関して対外依存を低下させ、単一市場化を目指すことが宣言されている。こうした宣言の背景には、EUの5000を超える輸入品の内、海外依存度が高い150品目の半分程度が中国依存となっている(Global Trade Atlasデータ)ことが大きな要因として存在する。
国際政治の観点から新規加盟国の承認等EU拡大について前向きな姿勢を示しつつも、実現のためにはEU自身と加盟候補国相互の法の統治などの改革が必要となる。ロシアのウクライナ侵攻で明確になりつつある「グレーゾーン問題」への積極的対処である。グレーゾーン問題とは、EUの政治体制に明確に組込まれていない国々への対処問題を意味する。ウクライナをはじめとした加盟希望国に対する経済政治姿勢の明確化を求めるものとなる。
4. 欧中関係の輻輳化
米国も含め国際経済環境では、グローバル化を目指す流れと単一市場を目指す流れが輻輳している。その代表的存在を以上のEUと中国の関係でとらえれば、中国習政権が目指す「一帯一路の政策」がひとつの座標軸となる。EUの中国依存構図からの脱却には、当然にEU域内の既存体制の変革を全体としてスピード感を持って展開することが前提となる。他方、2023年10月開催された中国の経済圏構想「一帯一路」フォーラムで、習近平国家主席は中国経済に対する欧米諸国の切り離し政策(いわゆる「デカップリング政策」)に反対し、10年前に提示した一帯一路政策が現実として大きな成果を上げていることを強調している。
一帯一路政策は、周知のとおり2013年に習国家主席が提示したシルクロード経済圏構想であり、中国と欧州を結んだ中央アジア経由の陸路「シルクロード経済ベルト」(一帯)とインド洋経由の海路「21世紀海上シルクロード」(一路)で構成し、鉄道と港湾など経済社会インフラの整備を進めることを内容としていた。「一帯一路」表明に先立ち中国・重慶とドイツ・デュースブルクを結ぶ貨物鉄道である「渝新欧鉄道」が2011年に完成・開通し、中国から中央アジア、ロシア、ベラルーシ、ポーランドを経由してドイツに至る鉄路が稼働している。ドイツ・デーイスブルクは、ユーロ圏有数の輸送中継拠点基地であり、多くの工業製品の集積・移転のハブとなっている。他方で、重慶は電子機器メーカーやパソコン関連メーカー、自動車部品メーカーなどの工場が集積する地域である。重慶・デュースブルクの鉄道輸送日数は二週間程度で海上輸送の日数を大きく短縮できると共に、飛行機輸送コストは大きく圧縮できる。
他方、中国・EU間の物資輸送のアンバランスや通過する各国の流動的な政治情勢等の課題は従来から多く指摘され、EU市場の中国車拡大問題、ウクライナ紛争もそうした指摘が顕在化したことになる。しかし、現実にはコロナ禍やウクライナ紛争下においても列車運行と輸送コンテナ数は拡大している。紛争による直接的リスクが大きいシベリア鉄道の代替としても、渝新欧鉄道は安定的な運行を続けており、EUにとって重要な動脈のひとつとなっている。
この動脈の物資輸送のアンバランス(イタリアの対中輸出減少に対して、中国の対イタリア輸出の急増)が深刻化し、西側諸国で唯一「一帯一路」政策に参加していたイタリア(ショルジャ・メローニ政権)が2023年12月に同政策からの離脱を通告するなどの流れとなっている。
5. 日本の海外依存の実態
日本においてもEU同様の構図は、当然に存在する。日本の対外依存をGNPに占める輸出入額の割合で見ると、輸出入ともに比率は20%台で極めて高いとは言えない。しかし、食糧、エネルギー等の分野だけでなく、21世紀の経済社会活動に決定的影響を与えるIC製品や同素材の海外依存は周知のように極めて高い状況にあり、EUと同様の課題を抱えている。日本の「国内製造+輸入」から「輸出」を差し引いた額を「国内活用額」とし、これに占める輸入額の割合を海外依存度として計算すると、2021年段階で携帯電話94%、パソコン64%、集積回路36%、半導体素子33%、医薬品29%等となる。加えて、依存している相手国としては中国が圧倒的に高く、ノートパソコン99%、携帯電話84%、半導体デバイス(光電性)67%、リチウム・イオン電池66%となっており、集積回路、記憶素子等は台湾への依存が高くなる。こうした依存は農産物、資源やIT関連製品の輸入に限らず、消費関連小売業の中国展開拡大にも見られるように広範多岐に渡っている。グローバル社会が揺れ単一市場への方向が高まる中で、国民生活の安定、経済安保の面からも工業製品を含めた一極的な海外依存度を下げ、日本でもレジリエンス力を高める必要がある。そのため国内回帰政策も重要な選択肢とはなるものの、労働力不足、外国人労働力獲得競争の激化などを踏まえれば、ASEANをはじめとしたアジアの国々との連携によるサプライチェーンの多極化に向け、生産活動だけでなく前提となる人材育成や金融面での連携が不可欠となる。
(資料)中鉄集装箱運輸有限公司(中鉄コンテナ輸送社)データより作成。
5. 日本の海外依存の実態
日本においてもEU同様の構図は、当然に存在する。日本の対外依存をGNPに占める輸出入額の割合で見ると、輸出入ともに比率は20%台で極めて高いとは言えない。しかし、食糧、エネルギー等の分野だけでなく、21世紀の経済社会活動に決定的影響を与えるIC製品や同素材の海外依存は周知のように極めて高い状況にあり、EUと同様の課題を抱えている。日本の「国内製造+輸入」から「輸出」を差し引いた額を「国内活用額」とし、これに占める輸入額の割合を海外依存度として計算すると、2021年段階で携帯電話94%、パソコン64%、集積回路36%、半導体素子33%、医薬品29%等となる。加えて、依存している相手国としては中国が圧倒的に高く、ノートパソコン99%、携帯電話84%、半導体デバイス(光電性)67%、リチウム・イオン電池66%となっており、集積回路、記憶素子等は台湾への依存が高くなる。こうした依存は農産物、資源やIT関連製品の輸入に限らず、消費関連小売業の中国展開拡大にも見られるように広範多岐に渡っている。グローバル社会が揺れ単一市場への方向が高まる中で、国民生活の安定、経済安保の面からも工業製品を含めた一極的な海外依存度を下げ、日本でもレジリエンス力を高める必要がある。そのため国内回帰政策も重要な選択肢とはなるものの、労働力不足、外国人労働力獲得競争の激化などを踏まえれば、ASEANをはじめとしたアジアの国々との連携によるサプライチェーンの多極化に向け、生産活動だけでなく前提となる人材育成や金融面での連携が不可欠となる。
(資料)国連統計、「Global Trade Atlas」データより作成。
宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授