レポート・コラム

【政策を見る眼】政策選択肢とトロッコ問題(宮脇淳)(2022年9月20日)

政策選択肢とトロッコ問題

宮脇 淳

新型コロナ感染拡大抑制と経済社会活動持続性の両立、エネルギー問題と経済成長・地球温暖化等グローバル化が進むと共に経済社会の内部での構造的対立が深刻化し、問題解決が難しいジレンマが多く顕在化する現状となりつつある。構造的対立が深刻化する中での、政策議論のあり方を基本的なトロッコ問題を題材に検証する。

正解のない政策を考える例題が、「トロッコ問題」である。5人の乗ったトロッコが暴走し、走行し続けると脱線し全員死が避けられない。この暴走トロッコがすぐに到達する鉄路の切替えポイントにあなたがいる。ポイントを切替えれば、暴走トロッコは減速し安全に停止する。しかし、ポイントを切替えた先には1人の人間がいて、今からでは退避する時間がなく、切替えた場合はトロッコにぶつかり死亡することが避けられない。あなたは、人間1人の命を犠牲にして、暴走トロッコに乗った5人の命を救うためポイントを切り替えるか。それとも、1人の命を守るためポイントを切り替えず、トロッコに乗った5人の命を犠牲にするかの問いかけである。試験問題等で、良く利用される例題である。

この例題には、理論的視点が根底に存在する。ベンサムの功利主義とカントの義務論である。ベンサムは「最大多数の最大幸福」を提示し、1人でも多くの人が助かる方の選択を基本とする。その前提として人々の幸福の質には差はないと考える。これに対して、カントは、トロッコに乗ってもいないし暴走に何も関係のない人間の命を奪っても良いのかと反論する。原因に全く関係しない義務のない人、責任のない人の命を奪うことは許されないとする。従って、間接的でもトロッコに乗った原因に関わった5人の命を犠牲にしても、1人の命を救うべきと考えることも可能となる。さて、どちらを選ぶべきか。民主的な政策決定の基本である多数決で決めるとしたらどちらに投票すべきか・・・、その投票の理由をどのように説明するか・・・。絶対的正解がない中で、どちらに投票するにせよ、より説得力のある理由を考え続ける。これが政策議論の本質であり、民主主義を育てる原点となる。

しかし、トロッコ問題はこれでは終わらない。第三の選択肢として、切り替えポイントにいるあなたがその場を離れる選択肢の存在である。厳しい選択を行わずその場から逃避し、「第三者」になることで選択の責任から逃れることである。トロッコ問題は、ポイント切り替えの二者選択だけではなく、実は選択肢は少なくとも三つあることになり、第三の選択肢を選ぶことも加わる。それは、難しい選択から逃避、すなわち政策議論自体から逃れる姿勢でもある。正解のない選択肢の議論で最も社会の進化、民主主義の進化に大きなダメージとなるのは、第三の選択肢であり、選択議論を回避する姿勢である。正解がないからこそ議論すべきであり、その議論の透明性を持って展開することが議会の民主主義に対する重要役割となる。

宮脇 淳

日本政策総研理事長兼取締役
北海道大学名誉教授

20220920_政策を見る眼「政策選択肢とトロッコ問題」(宮脇淳).pdf
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