レポート・コラム

【自治体政策論説】自治体経営と外交リスク(宮脇淳)(2023年10月3日)

自治体経営と外交リスク

宮脇淳
1.はじめに

 食糧、エネルギー、鉱物資源等様々なサプライチェーン問題を根本的に解決するためには、設備投資の推進、国内のサプライ体制の強靭化など国内政策のほか、国家間の合意に基づくグローバルネットワーク政策の強靭化が不可欠となる。その代表的存在が、幅広い経済関係強化を目指し貿易や投資の自由化・円滑化を進めるEPA(Economic Partnership Agreement)やFTA(Free Trade Agreement)等の経済連携である。但し、国家間の合意はいたって政治的であるため、「合意」にはいくつかのレベルがあり、そのレベルを踏まえて評価し対応する必要がある。加えて、今日において外交は国だけのものではない。条約締結や国際機関への参画は国家ないしそれに準じる地域とされるものの、貿易、情報、観光、開発、教育文化等様々な経済社会活動において地方自治体と外国の地域がダイレクトに結び付き、メリット、デメリットの影響を受ける時代となっている。そうした不安定で流動的な時代において、地方自治体自体も外交交渉や国際情勢のリスクについて自ら十分に認識することが必要となる。

2.外交と地域

(1)インバウンド需要のリスク

 コロナによる経済の活動抑制、ロックダウンを経てこれまで個人に限定されてきた中国からの訪日旅行が今年8月10日、団体旅行にも解禁となった。足元での円安傾向もあり、再び「爆買い」と指摘された中国人による日本商品への消費動向が注目された。コロナ期前の2019年段階では、同じ円安環境も重なり訪日中国人は959万人でその消費額は2兆円に及んでいた。しかし、東京電力福島第一原子力発電所の処理水海洋放出に対する中国の海産物輸入禁止、観光訪日キャンセル拡大など厳しい逆風がインバウンド需要に生じており、観光業だけでなくホタテをはじめとした漁業、そして中期的に日本企業全体の活動にも影響を与える。こうした動向は、処理水放出だけでなく2019年1月に施行された中国の「電子商務法」がある。
 電子商務法の施行は、インターネットビジネスの適正化を大きな目的として行われた。しかし、爆買いのひとつの要因ともなった「転売」に対しても、越境のECビジネス(電子商取引:Electronic Commerce)と見なすことで登録申請や収入の申告義務等実質的規制を行う内容となっている。コロナ期での変動はあるものの、中国国内の消費動向に影響を与え日本企業の中国市場業績にも大きな変化を与えてきた。爆買いや転売自体は、2014年頃から円安を反映して電化製品等高額商品にまで及んで本格化し、その後、家庭用品、医薬品、化粧品等が中心となった。しかし、電子商務法の施行により廉価による転売品在庫整理等から日本企業の商品ブランド力が低下する事例も生じている。現地自工場生産の見直しを行う日本企業もあり、中国市場戦略の抜本的見直しも行われている(花王株式会社2023年12月期第2四半期有価証券報告書等)。

(2)二国間合意

 さらに、隣国関係だけでなくウクライナとロシアの紛争が、世界全体そして日本国内の自治体経営にも直接影響を及ぼしていることは周知のとおりである。それはさらに、中国と台湾、東シナ海、中東など国際政治全体への動揺に結び付きつつある。こうした動きは、足元の高金利・金融引き締め政策も絡み欧米の金融システム、サプライチェーン問題等日本だけでなく世界経済のジレンマを深刻化させている。なぜ、出口が見えてこないのか。それは、従来の国際政治における紛争解決の基本である「二国間協議」、「多国間協議」の枠組みが限界を呈していることにある。
 二国間協議と多国間協議は、本質的に何が異なるのか。二国間協議では、相手国の利害と自国の利害の相違点とその差を認識し、両者の合理的な妥協のため政治経済的観点から利益のバランスを目指す。企業間の個別交渉と類似する。二国間協議は、相手国との主張の何らかの一致を目指すものであり、その結果、政治経済的パワーが強い国ほど相対的に有利となりやすい。また、二国間協議ではどこまでも当事国間の利害のみが焦点となり、他の地域や世界全体の利益の視点は劣位となる。今回のウクライナとロシアの問題が二国間問題にとどまった場合、政治経済的・軍事的にも有利なロシアの利益に偏る状況に至ることが危惧され、それゆえウクライナも二国間のテーブルには対応していない。
 多国間協議では多くの国が参加し、参加国の個別利益は劣位とされ参加国全体の利益を優先する姿勢が基本となる。企業集団、業界間の交渉に類似する。多国間協議のメリットとして、二国間協議で生じやすい経済的・軍事的優位性による一方的利益の確保を抑制し、相対的に小国の結束を高める流れとなり地域や世界の利益を視野に入れた展開が期待できる。このためウクライナは、欧米と連携し二国間協議の場ではなく多国間協議の場を選択する戦略となっている。ロシアはこれまで二国間協議の基本姿勢を追求し、第三国の巻き込みを図り二国間の変形である二集団間(欧米対中ロ等)協議を模索している。結果的に、現段階では二国間、二集団間、多国間いずれにせよ両国を結びつける場がなく、その場づくりをトルコ、ブラジル等の第三国が具体的に果たせるかがカギとなっている。この場づくりが二国間、二集団間、あるいは国連を含めた多国間の協議のいずれにも至っておらず、結び目のない構造的対立の現状にある。

(3)何らかの合意

 国家間の外交交渉は、「何らかの合意」を実現することを目的とする。この「何らかの合意」とは、具体的な「合意の形」を意味し、①国際的法的合意、②政治的合意、③既存紛争解決合意、④将来紛争回避合意の類型に分けられる。
 ①国際的法的合意は、最も拘束力の強い成果であり国際法に基づき恒常的な法的拘束力を明確にした合意で信頼性が高い。しかし、こうした合意は、両国あるいは多国間の利害が完全に一致しないと実現できないものであり極めて稀となる。加えて、世界情勢が不安定になれば法的合意の解釈が揺れ、場合によっては合意から脱退の行動に至る場合もある。②政治的合意は、法的拘束力は弱いものの政権間の合意に基づくものであり、政権に変化がない限り一定の効力を有する。但し、国家間合意であっても当該締結国の政権に変化が生じた場合、内容の解釈等に違いが発生しその効力自体が大きく揺らぎ、新政権によって上書きされ別の政治的意図が表明されることも少なくない。③既存紛争解決合意は、すでに顕在化している国家間問題に対して対処することを目的としており、何が争点かを明確にすることが前提となる。明確にすることで改めて利害が対立しやすく合意に至ることが極めて難しい場合が多い。現在のロシア・ウクライナ間の紛争の着地点の難しさもこれに属する。最後に④将来紛争回避合意は、今後予測される紛争を予め認識し対立を防止することを目的にした政府間合意であり、既存紛争解決合意に比べて争点を明確にせずに議論できる利点がある。協議の場は形成しやすいものの、双方の利害が明確に共有できず実質的協議が進まない結果も生みやすい。具体例としてEPA/FTAなどに加え環境問題、エネルギー問題などがあげられ、協議の場は形成しやすいものの実質的合意には難航するパターンが多い。さらに、国内を中心とした民間アクター(民間企業、NPO等)が、国家機関を介さずに直接、国外の諸アクターと関係を築く行動が経済分野でも拡大しており、国家間合意を補完する機能を果たしている。地方自治体の外国との連携もこうした補完機能を果たす位置づけに至っている。

3.成熟化時代の新領域拡大の視点

 今年8月22日から南アフリカで開催されたBRICS(参加国ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの英語頭文字による名称)のサミット会議で、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、アルゼンチン、イラン、エジプト、エチオピアの6か国を新加盟国として招待することが決定され、2024年1月に11か国体制を目指す流れとなった。もちろん、現時点では招待の段階であり、現実的にすべての招待国が正式加盟するかは不透明なものの、著しい経済成長が見込まれる新興国の集まりであり、その拡大志向が明確となりつつある。BRICSの拡大は、国際社会における米国をはじめとした既存ガバナンス構造に対して如何に対抗し変革するかの側面を有している。例えば、エネルギーの側面では、サウジアラビアとUAEが加盟したとすれば、BRICSは世界の石油埋蔵量の46%、産油量の約半分を占める位置づけとなる。また、UAEの米国から一定の距離を置いた政治力も重要となる。
 そうした新興国の将来的優位性は、2012年のOECDレポートで指摘されていた。「私たちが慣れ親しんだパターンとは異なる長期的経済成長を辿ることで、各国経済の世界に占める割合は大きく変化する。現在トップに君臨する米国は、早くて2016年に中国に追い越され、いずれはインドにも追い越される。さらに中国とインドを合わせれば、まもなくG7全体の経済力をも追い越し、2060年にはOECD加盟国全体を追い越すことが予測できる。急速な高齢化が進むユーロ圏や日本といった現在の経済大国は、若年層が人口の多くを占める新興経済のインドネシアやブラジルのGDPに圧倒される」(Looking to 2060: Long-term global growth prospects(2060年までの長期経済成長見通し))としていた。2022年段階でOECD加盟国が世界の名目GDPの約60%を占めるのに対し、現BRICS加盟国の名目GDPはすでに世界の約25%を占めており、拡大の流れが着実に進んでいる。そして、当然に世界の政治パワーの構造的変化に結び付く。
 もちろん、以上の流れが一本調子で進むことはない。加盟国であるブラジルにおいても親米(前大統領ボルソナロ)と親BRICS(現大統領ルラ)の政治的対立は依然激しく、インドにもロシア・中国と一線を引く姿勢がある。今回招待されたアルゼンチンの現政権は親米派の姿勢が強く、IMFへの参加を希望する流れにある。加えて、アジアの資源大国であり新興経済の中核でもあるインドネシアが招待国に含まれていないなどの政治的葛藤も存在している。
 地方自治体も世界構図の変化からまぬがれることはできず、国依存だけでなく地域自らがリスクを軽減する戦略を持つ必要がある。観光、農水産物等地域の主要産業の揺れに対して、民間企業と共に連携し地域自ら販売ルートの多様化や過度な特定業種依存が生まれない構図の組み込みを展開することである。

(資料)OECD「 Looking to 2060: Long-Term Global Growth Prospects」より作成

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

【自治体政策論説】自治体経営と外交リスク.pdf
TOP