レポート・コラム

【Business論説】パワーシフトと新領域①(宮脇淳)(2023年9月4日)

パワーシフトと新領域①

宮脇淳
1.はじめに

 パワーシフトとは、「世の中を動かす力(パワー)が変化した(シフト)」ことを意味する。具体的には、戦後半世紀以上続いたモノを中心としたアナログ的社会システム「大量生産・大量物流・大量消費の時代」から、2000年代に入りデータを中心とするデジタル的社会システムが世の中を動かす「情報と技術の融合の時代」を迎えたことを示している。
 アナログ的社会では、モノの流れに伴って発生する様々なデータに対して必ずしも敏感ではなく、むしろ共有しない中で限定的な情報による意思決定を展開し、そのため既得権の温存も強固となり社会変化も総体的に漸進的となった。しかし、ICT(Information and Communication Technology:情報通信革命)によりデータが即座にグローバルに共有され開かれた意思決定の重要な要素となり、これまでのモノ以上にデータが社会を動かす大きなパワーを持つようになっている。
 こうした変化は経済社会だけでなく、政治の世界にも及んでいる。国、地方を通じて選挙の投票率が低下し、無投票で地方自治体の首長や議員が選ばれるケースが増えている。しかし、「政治家」に関心がなくても、福祉、年金、税金、教育のあり方など何らかの「政治」に関心がある人は少なくない。なぜ、政治に関心を持っても政治家には関心がないのか。その理由は、これまで政治家を通じてしか得られなかった情報がインターネット等を通じて一般的に共有できる度合いが高まり、加えて、政策形成等に働き掛ける手段も政治家に頼らず様々な媒体を通じて、一般市民が発信し展開できる機会と制度が多く生み出されたことによる。以上のように、パワーシフトとは、経済、政治等領域を問わず人間を動かす力が変化したことを意味するのである。

2.異分野相互関係の深まり

 パワーシフトによって単に情報の共有が進んだだけでなく、これまで異分野あるいは同分野でも距離感のあった領域間の垣根を取り払い密接に結びつく流れが強まり、そこに新たなビジネスモデルが形成されている。
 たとえば、自動配送ロボットと建築施設の関係である。物流拠点や小売店舗等の商品・荷物を配送する自動配送ロボット(通称「宅配(ラストワンマイル)ロボット」ADR=Autonomous Delivery Robots)の公道走行が202341日より可能となっている。背景には、もちろんトラック運転手の時間外労働時間制限(2024年問題)など労働力不足がある。その影響は、企業だけでなく高齢者等買い物弱者も含めた日常生活のサプライチェーンにも及ぶ問題として捉える必要がある。このため、自動配送ロボットの展開に必要な技術だけでなく、①過疎地も含めた高度な広範囲位置情報システムによる遠隔制御機能、②屋外からマンションやオフィスビル等屋内の自動配送ロボットへの引継ぎ等複数ロボットの統合管理、③高齢化による医療・介護分野等活用範囲拡大に伴う施設設備の進化など多岐にわたる。
 また、別の視点では電気自動車等の普及がこれまでの一定の電気供給量を前提とした大規模発電所方式による供給システムを見直し、企業や家庭のエネルギーリソースを電力供給システムに活用するバーチャルシステムの形成を求められる。具体的には、太陽光等家庭の分散型小規模エネルギーリソースをIoT(Internet of Things:モノのインターネット)を活用し、遠隔統合制御して電力の需給バランス調整に役立てるもので、ネットワーク全体が実質的にひとつの発電所として機能することから仮想発電所(VPP : Virtual Power Plant)と呼ばれる。VPPは、①戸建てや集合住宅など小規模リソースごとの機器設定からはじまり、②住宅単位の運営管理、③住宅内の設備機器運用方法、④供給量が過大の際の需要創出、逆に需要量が過大な場合の抑制、そして報酬のやり取りをする仮想市場たる需要応答制度(DR: Demand Response)の導入とそれを実現する建設投資及び設備管理等新たな領域をもたらす。そこでは、これまで電力会社の中央給電コントロールが展開していた役割を、システムとして展開することになる。

3.成熟化時代の新領域拡大の視点

 異分野を跨いで融合した新領域の時代が本格化している。しかし、従来のように新たな人的資源を投入し対応することには当然限界がある。労働者数に労働時間制約も加味した総労働投入の推移を1975年以降見ると、1990年代に入り全く増加せず横ばいであることが分かる(1)。この間、女性労働の活用、高齢者労働の促進等の政策が展開されているものの、労働投入自体は拡大していない。「失われた20年」と言われるように、労働面でもこの20年間以上ほとんど創造的対応がされていないことが分かる。
 こうした傾向は国内に限られない。2000年代に入り世界的に人口の増加スピードが減速している。日本を含めた先進国ではすでに増加率がマイナス傾向になっていることに加え、開発途上国(以下「途上国」)の人口増加もスピードを鈍化させ世界全体の増加率を減速させている(2)。とくに近年は、コロナ感染拡大に伴う経済停滞、その後の高金利政策に伴う債務問題の拡大も加わり、世界的な人口動態が変化している。途上国にとって継続的な人口増加は、環境・食糧問題等を抱える一方で経済成長の原動力でもある。しかし、増加スピードの減速は、途上国の成長力を低下させると共に世界的な労働力不足の現状を深刻化させ、外国人労働も含め労働力の獲得競争を一段と激化させる。
 成熟化時代においては、従来システムの延長上の進化だけでなく、新たな社会システムの構築が必要となる。それは、新領域による経済社会の付加価値の向上を生み出す。今後、さらに制度的な制約が強まる中で新領域の付加価値拡大には、一層の情報と技術の融合が必要となる。その融合には、パワーシフトで見たようにデジタル技術の応用が不可欠な時代となっている。本業の質を良くしていくことは当然の企業活動であり、本業以外の別の領域との組み合わせで本業にも新たな視点を少しでも組み込むことが創造的付加価値であり、大きなチャンスを生み出す。そのために、アナログからデジタル技術への進化は重要な位置づけにある。次回以降、具体的に新領域を見ていく。

(図1総労働投入

(資料)内閣府「景気動向指数」労働投入量指数より作成。2020年=100の指数。

図2)世界人口の推移

(資料)国際連合「World Population Prospects : The 2022 Revision」より作成

宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授

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