レポート・コラム

【公共コンサルと政策の視点】移民政策の転換期に自治体は何を考えるべきか(竹田圭助)(2025年3月17日)

移民政策の転換期に自治体は何を考えるべきか

竹田圭助

(「地方財務」2023年7月号2023年8月号掲載)

はじめに

 最新の将来推計人口(国立社会保障・人口問題研究所、2023年4月、出生中位推計ベース)によれば、生産年齢人口(15~64歳)は2070年に4535万人と2020年実績の7509万人から4割程度減少する見込みである。こうした急激な人口減少は労働市場の需給の不均衡をもたらし、人手不足を深刻化させる。工場を立地していた新興国の人件費高騰が追い風となり製造拠点の国内回帰を進める傾向もみられる。一定水準の生産力の維持のため、労働力としての移民の重要性は増している。実際に「令和2年国勢調査」によれば総人口に占める外国人の割合は2015年の1.5%から2.2%に上昇するなど、移民の受入を行わないという政府の建前とは別に、外国人の定住化は進展している。この状況下、外国人の定住に慎重だった政府は、外国人技能実習制度を廃止し新制度を創設するために具体的な検討に入った。これは事実上の移民政策の転換とみられる。
 移民に関する言説は主として労働市場の需要を背景に語られるが、移民は少なくとも一時的に日本で生活するし、人によっては永住を決断し、また家庭の形成や子育てといった人生の段階を経ることから介護や第二世代の教育・就労等も考慮する必要がある。つまり1人の人間としてのライフサイクル(人生周期)を俯瞰して支援する視点も不可欠となる。今後、政府の移民政策の転換によりさらに移民の数が増加する可能性があり、出雲市のように企業立地の影響から外国人人口が急増することも想定される中、移民を含めた住民のライフサイクルに係る様々な行政サービスを提供する自治体としては、これまで以上に考慮すべき事項や課題をあらかじめ認知する必要があるだろう。また、移民政策の転換期に自治体が持つべきもう一つの観点として、社会と人との関係性に焦点をあてた場合に、移民が各段階で日本社会にどのように関わるか、またその程度や影響を語るための思考の枠組みとしての「社会統合」についても把握すべきと筆者は考える。
 以上を踏まえ、今後の移民を考えるうえで必要な観点として、先進自治体の事例も踏まえ「移民個人のライフサイクル」の視点から自治体が考慮すべき事項を論じるとともに、「社会統合」という概念を自治体の具体的な活動の中でどのように援用すべきかについて論じ、最後にライフサイクルの視点と社会統合の視点を踏まえた自治体における移民政策に必要な視点を整理する。

1 移民個人のライフサイクルにおける自治体の役割と課題

(1)移民個人のライフサイクルとは

 出入国在留管理庁が設置した「外国人との共生社会の実現のための有識者会議」の意見書(2021年11月)では、介護等も含めた「ライフステージ・ライフサイクルに応じた支援」の必要性が提言された。また一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)の提言「Innovating Migration Policies ―2030年に向けた外国人政策のあり方―」(2022年2月)では「ライフサイクルを通じた支援」として「出入国のみに焦点を当てた既存の点的政策、一部在留資格について追跡する線的政策」から転換し、「学ぶ、住む、働く、家族を形成する、引退するという外国人個人のライフサイクル全体を俯瞰した、面的政策を検討・立案・実施すること」の必要性を提言している。上記の議論を援用しつつ、移民個人のライフサイクルを、受入国側で実施すべき事項を踏まえ整理すると図のとおりとなる。

図 移民の主要なライフサイクルと受入国として実施すべき事項(イメージ)

出典:筆者作成

 このイメージは、移民個人のライフサイクルとその各段階における受入国の対応を単純化したものであり、受入国の各担い手(国・自治体・民間企業・非営利団体・地域コミュニティ等)の役割分担は考慮していない。なお移民の各活動段階よりも受入国側の各種支援項目の時系列を少し早く設定している理由は、受入国として各事象が発生してから場当たり的に対応することによる様々なリスクを回避し、コントロールすることが望ましいためである。

(2)移民個人のライフサイクルにおける自治体の役割と課題

 上記の枠組みを踏まえ、受入国の各担い手のうち自治体として求められる役割、実施すべき事項、考慮すべき観点について、各自治体等の先進的な取組も交えつつ概要を示す。

① 誘致(送り出し国との連携等)

 特定分野での需要が明らかになっていれば自治体自身が送り出し国および送り出し国の各種機関等と連携し、域内の事業者へスムーズに人材を供給するための橋渡しの役割が想定される。横浜市では、将来の介護需要増を見据え介護人材不足を解消するため、ベトナムの3都市・5学校と介護分野における覚書を締結した。同覚書には送り出し側の都市・学校の役割(就労意欲のある人材の送り出しへの協力)と横浜市の役割(住宅借上支援・留学生受入支援・日本語研修事業)が盛り込まれている。本項目はあくまで特定の需要を捉えた自治体の任意による取組事項となる。

② 学習機会の提供

 日本の言語・文化・習慣・制度等について体系的に学習する機会を持たないまま来日し、業務上必要最低限の場面でしか日本語を使わず、暮らし続ける移民も少なくない。④家族の形成・呼び寄せに係る支援にも関連するが、来日前も含めた日本の言語・文化・習慣等を学習する機会の提供が求められる。これは労働者として来日した移民のみならず呼び寄せた家族(④家族の形成・呼び寄せに係る支援にて詳述)も同様である。本項目は後続の③〜⑧全てに影響するため自治体にとって優先度の高い事項である。

③ 就労機会の提供

 受入企業が確定している場合は一義的に企業の役割だが、当該企業と労働者がミスマッチだった場合の転職の機会提供が考えられる。また母国から家族を呼び寄せた場合(④にて詳述)に、経済的な事情等により、呼び寄せた家族も働く必要のある場合の就労機会の提供も含まれる。太田市では外国人市民向けの相談窓口にハローワークの出張窓口を併設し、就労相談を実施している。本項目は経済情勢等の外部環境の変化等により需要が大きく変動するため、自治体による外部環境の変化の適切かつ迅速な認知と判断が必要な事項である。

④ 家族の形成・呼び寄せに係る支援

 日本での婚姻に加え、近年増加している家族の呼び寄せも含む。労働者は勤務先の制度やコミュニティが活用可能だが、受入企業による支援が行き届かない非労働者である家族(親・配偶者・子ども等)が日本での生活に適応するために支援を必要とする。呼び寄せられた家族に対して少なくとも②学習機会の提供、⑤妊娠・出産・子育て・教育に関する支援、呼び寄せた家族が高齢者の場合は⑥介護サービスの提供が関係するほか、⑧その他、居住・生活に関する各種支援として同じ出身国の移民で構成されるコミュニティへの参加や地域コミュニティへの参加支援も必要となる。本項目は自治体にとって人口増に繋がるが連動して社会保障関係費等の社会的コストの増加要因となりうる。

⑤ 妊娠・出産・子育て・教育に関する支援

 言語・文化・習慣に慣れない中での妊娠・出産・子育ては、本人にとってのストレスとなることはもちろん、子ども(移民第二世代)の人生にも影響すると考えられている。公益財団法人かながわ国際交流財団は、県下自治体がすでに取り組み効果を上げている事例(母親向けの栄養や健康のワークショップ、地域の子育て支援施設の活用を促す活動等)を盛り込んだ「外国人住民の妊娠から子育てを支えるガイドブック」を公開している。
 また外国人の子どもは義務教育の対象ではないことや本人・親の不安や経済的な理由等も加わり不就学が発生する事例を踏まえ、浜松市では不就学を未然に防ぐため就学状況の継続的な把握や就学支援を含む「外国人の子どもの不就学ゼロ作戦事業」を実施している。本項目は移民第二世代の将来を形作るものであり、治安やまちづくりにも影響する。

⑥ 介護サービスの提供

 移民が永住を選択すれば、いずれは非労働者人口となり各種福祉サービスの対象となる。介護サービス提供にあたっては歴史的・生活的背景への理解や母語への配慮が必要となる。愛知県は介護支援者向けの多文化共生理解促進リーフレットとして「外国人高齢者の介護言葉と文化の壁を越えて」を作成し、配布している。本項目は自治体の地域福祉に影響し、介護事業所も受入体制の整備が必要となる。

⑦ 埋葬に係る支援

 日本は埋葬方法の99%が火葬だが、移民が帰依する宗教によっては土葬が必要となる場合もある。「墓地、埋葬等に関する法律」では土葬は禁止されていないものの条例で禁止している自治体が多い。条例で禁止されていない場合でも、日出町(大分県)のように土葬墓地整備にあたり、水質汚染と農作物への風評被害や土葬を求める移民の殺到する可能性への懸念から、外国人と地域住民とのトラブルが発生しうる。本項目は自治体にとってごみ処理場や火葬場といった迷惑施設と類似の保健衛生・環境に関する課題となる。

⑧ その他、居住・生活に関する各種支援

 多言語でのメンタルヘルス相談、通訳派遣や生活全般の相談対応を担う組織として「多文化共生総合相談ワンストップセンター」が一部の自治体で運営されている。また移民の地域への参画も重要な観点である。川口市は外国人住民を「支援」する従来のスタンスから日本での生活にある程度慣れてきた外国人住民が「地域のリーダーとして担い手側になる」ものとしてリーダー育成に方向転換した。外国人が集住する同市内の芝園団地では、自助・共助の範囲で住民・学生主体の取組も展開している。また地震や台風等の自然災害の被災者となる可能性もあるため、複数の自治体で防災訓練への参加を促す取組も進められている。本項目は、移民の生活に係る様々な問題・課題に直面すると想定されるが、いかに情報を吸い上げ整理し各行政部門と繋ぐかという観点が重要となる。

(3)自治体として持つべき俯瞰的な視点および考慮すべき事項

 こうしたライフサイクルごとの支援の方向性を踏まえつつ、移民政策の本格化を想定した場合に、自治体が今後持つべき俯瞰的な視点や考慮すべき事項は以下のとおりである。

① 移民個人のライフサイクルを踏まえた各行政分野間および地域団体等との連携強化

 今後、各行政分野の政策を推進する際、移民のライフサイクルとの関連を考慮することが自治体の基本的姿勢として求められる。先述のとおりライフサイクルを通じて様々な行政分野が関わるためである。一般に、日本人市民に対する公助に限界があるのと同様、外国人市民に対しても公助のみに終始するのではなく、共助・自助を見据え地域団体との連携や、先述の川口市の事例のように移民自身が共助の担い手となるような仕掛けも必要となる。

② 外部環境の変化に係る経営資源の変化の予測と弾力的な配分見直し

 域内の企業や周辺自治体に立地する企業の工場立地の動向等、外部環境の変化に対し、できるだけ早く認知する認識が必要である。その理由は移民受入の可能性に関する事前把握が、余裕を持った経営資源の配分の検討に必要だからである。例えば企業立地の取組が功を奏した場合、同時に労働力を外国人労働者に求めることが想定される。この場合、財政的にみれば企業の生産活動の発展は地方法人二税(法人住民税・法人事業税)等の自治体の歳入増加に繋がりうるとともに、移民の受入に係る支援(2(2)①~⑧にて詳述)の実施に必要な経営資源(予算・職員)を予測し配分を見直す必要がある。

③ 移民政策に係る課題を共有するための自治体間連携(注)[1]

 移民政策の実務レベルでの対応について、先述のような取組を単独自治体で検討・推進することには限界があるため、類似の課題を有する自治体による広域連携(都道府県単位)や水平連携(広域自治体間、基礎自治体間)が重要となる。広域自治体による基礎自治体への支援モデルの1つとして、県内全域での外国人増加を踏まえ、これまで外国人があまり住んでいなかった市町村でも外国人との共生・受入に係る取組が可能となるよう連携している群馬県の取組が挙げられる。また水平連携は、例えば浜松市が中心となり外国人住民の多い自治体間が連携して開催している「外国人集住都市会議」がある。ただし地域ごとに外国人市民の母国・母語が違うことにより参加メリットが薄くなったこと等が原因で参加自治体数がやや縮小傾向にある(2012年:29自治体→2022年度:13自治体)。しかし大規模な移民の受入に慣れていない自治体が今後受け入れることも想定され、その際は先人の知恵や助けを借りることになる。ここで失敗・成功事例を集約し抽象化・ノウハウ化し蓄積する組織体の存在が不可欠である。

2 移民の社会統合の視点からみた自治体の役割と課題

(1)「社会統合」とは

 外国人受入政策は大別して2つのモデルがある。1つは「多文化共生社会」モデル(文化・アイデンティティの問題として捉える視点)、もう1つは「同化/統合」(社会統合)モデル(経済的地位の問題として捉える視点)である(是川(2022))。日本は、多くの自治体で「多文化共生推進課」類似の組織名称が主流となっていることからもうかがえるように概ね「多文化共生社会」モデルの概念を採用し、一方で移民受入先進国であるドイツ・フランス・イギリスなどでは「同化/統合」モデルの概念が用いられている。
 この2つの概念の大きな差異を池田(2020)の定義を援用して具体化すると、まず「多文化共生社会」モデルは「民族、人種、宗教などの属性の違いによる集団を認め、その社会的機能を重視する」ものであり、「同化・統合」モデルは「外国人に対してその国の国民と社会への溶け込みを促し、受入国のアイデンティティと一体性の保持を図る」ものとされている。
 永吉編(2021)は「社会統合」について、「移民が日本社会の主要な制度に参加する過程」と定義し、さらに表のとおり分類している。

表 社会統合の分類

出典:永吉編(2021)より筆者作成

 この分類を先述の「多文化共生社会」モデルと照合すると、「社会的統合」や「心理的統合」の一部で要素が重複するといえるが、その他の要素は比較的捨象されているといえる。この点から筆者は、「多文化共生社会」モデルは移民の生活に関わる行政が持つべき視点としてはやや不足していると考える。社会的統合や心理的統合は、本人の自発的な意思に基づくものでなければ同化主義政策と類似の批判を受けるものである点に留意しつつ、労働市場を主とした社会経済的側面に限定されない統合の障壁の存在を捉える思考の枠組みとして有用であるため、本論では以降、永吉編(2021)の3分類を援用し議論を進める。

① 社会経済的統合

 社会経済的統合は、移民の統合を社会経済的地位の促進からみる概念である。主な構成要素は「教育」「雇用(職業的地位)」「賃金の面での地位達成」である。
一般に教育達成(ある学校の課程を最後まで終えること)と雇用(職業的地位)の達成は連関している。また本人の教育達成状況はその子の教育機会に影響するとされている。移住前に十分な教育を受けていないもしくは移住後に日本での体系的な教育を受けていない場合もあり、それらは移民本人の職業的地位達成とその子の教育機会に影響する可能性がある。
 次に、雇用(職業的地位)の面からみると、移民が日本国籍者と同等の社会経済的地位を得ることは、経済基盤の確保だけでなく教育達成や職業的地位達成の資源となる。なお来日前に既に専門職であったかどうか、また来日してからはじめて就く仕事の就労形態が正規雇用か非正規雇用かもそれらに影響する。
 最後に、賃金は移民受入国の労働市場における就労形態や職種、業務内容等により、労働の対価としての賃金の会経済的に不利な立場に置かれる。またそれが移民第二世代以降に引き継がれることも想定される。

② 社会的統合

 社会的統合とは、移民の統合を主に移民とホスト国の社会との関わり方からみる概念である。その主な構成要素は、「家族の形成」と「社会的活動への参加」である。家族の形成とは、出身国からの家族の呼び寄せと移住国での結婚・出産の両方を含む。いずれにせよ移住国での家族の形成は母国との関係性を希薄化させ帰国は難しくなる。また移住国での結婚の相手が移民か日本国籍者かでもその後の人生への影響は異なる。社会的活動とは、近隣の人々を手助けすることや、自治会・町会を含む様々な団体・組織・集団の活動に自発的に関与する一連の行為である。

③ 心理的統合

 心理的統合とは、移民の統合を主に移民個人の日本社会に対する心理的な変化からみる概念である。その主な構成要素は、精神的な健康と日本への帰属意識、永住意図である。精神的な健康については、移民の雇用状態、経済的な不安定さ、仕事の不快さや危険性に加え、移民に対する差別的な言動等、移民が直面する苦境により精神的な健康が損なわれる。日本への帰属意識については、移民が受入国の居住社会に関わっている、ある程度一体となっているということを指すほか、移民自身のエスニック(言語や文化を共有する民族)集団との比較を持つことになる。自治体で多文化共生推進政策を実施する場合、両者の意味合いが含まれるケースがある。永住意図は、帰属意識とは別に日本への永住の意図や計画についての観点である。

(2)移民の社会統合の視点を踏まえた自治体が認識すべき事項

図 社会統合の分類と自治体が認識すべき事項

出典:筆者作成

 社会経済的統合の観点では、教育達成のために自治体の関与が求められるだろう。理由は、移民の教育達成が雇用(職業的地位)と子の教育機会に影響するためである。そうである以上、移民第一世代に対するアセスメントと本人に適した教育プログラムの実施が必要となる。なお移民の子(第二世代)に関する制度上の制約として、就学義務の対象となっておらず学齢簿に登録されていない点が課題として残る。文科省「外国人の子供の就学状況等調査(令和4年度)」によれば学齢相当の外国人の子供の人数(住民基本台帳上の人数)は全国で13万6923人であり、このうち不就学の可能性があると考えられる外国人の子供の数は、小学生相当5286人、中学生相当2897人となっている。浜松市のように不就学を未然に防ぐため就学状況の継続的な把握や就学支援を行うことは自治体の基本動作になるだろう。また是川(2019)によれば移民は移住時に社会的地位の下降を経験するが、その後滞在が長期化する中で地位を向上させることができるとされている。雇用に関しては雇用主(企業)の役目が主となるが、国・自治体はそれに付随した職業教育の機会を提供することも本来的には求められる。これは単純に雇用機会を提供することによる経済的な安定のみならず、労働者を人的資本とみた場合に、非正規雇用から正規雇用への転換や昇進・転職等が適正に担保されることに繋がる。
 社会的統合の視点では、家族形成を自治体として察知し、どのように継続的に支援するかが問われる。またこれまでも各自治体で多文化共生の文脈で推進されてきたが、日本社会への参加促進のための自治体の役割はこれまで以上に求められるだろう。というのも、社会的統合とは、そもそも社会的関係を十分保有できている状態を指すが、それは人々の間での相互行為を通じて形成されるもの(永吉編(2021))だからである。なお永吉編(2021)の分析によれば、自治会・町会などの地縁から離れたボランティア活動等が移民の社会参加の場となっているという。一方、生活に根差した地縁コミュニティは、多文化共生視点での交流目的のみならず防災分野(例:消防団)、環境分野(例:ごみ分別)などの出口に繋がることから、ホスト社会としては参画を求めることが望ましい。
 心理的統合の視点では、各種政策を通じた精神的な健康と本人の自発的な意思に基づく心理的帰属に向けた施策の実施が必要となる。この点は既存の多文化共生施策の中で考慮されている場合も考えられる。前提として、先述のとおり社会経済的統合や社会的統合の程度が心理的統合に影響することにも留意したい。日本語能力と社会的地位の向上、また日本社会との接点、そして日本社会との橋渡しとなるような頼れる日本人の存在が、移民のメンタルヘルスを向上させる。既に一部の自治体が取り組んでいるように、移民に対する差別の解消等を条例として制定することも考えられる。
 そして以上の基礎となるものは、日本の言語の習得はもちろん、日本の法・制度・歴史・文化・価値・規範などに関する一定の知識である。髙橋(2019)によれば、イギリスではこれらを移民が「身につけることを〈市民〉であることの要件として求めるものであり、そのために試験や講習といった制度を導入し、それらを国籍や永住資格の取得あるいは入国や滞在、家族呼び寄せの許可などと結びつけるもの」としており(「市民的統合」)、ドイツ、フランス、オランダ等でも類似のプログラムが実施されている。これを日本で導入するならば国レベルでの議論が必要となるが、少なくとも日本社会で暮らすにあたり、日本語教育のみならずこうした知識の早期習得が社会経済的・社会的統合を促進する点は留意したい。

まとめ

 以上を踏まえ、今後の自治体における移民政策の推進にあたっては以下の2点を理解しておきたい。
 第一に、これまで自治体で基本となっている「多文化共生」と移民受入先進国で主流の「社会統合」といった2つの概念の類似点と相違点を理解し、社会文化的な要素の強い「多文化共生」の観点を中心に行われてきた自治体の移民政策に、社会統合の要素を付加する必要があることである。前者には移民の日本での生活を最も左右する社会経済的統合の視点が不足しているからである。特に教育達成や雇用、賃金の面での地位達成は移民当事者のみならず第二世代を含む家族の生活に影響を及ぼし、さらにそれらが移民の居住する地域の住みやすさや、その地域を域内にもつ自治体の政策内容や歳入に影響する。
 第二に、移民個人のライフサイクルの段階を適切に捉え、行政需要の予測に努めつつ社会統合の各視点を踏まえた支援を行うことが求められる。またそれにあたっては、移民の需要や増加の可能性を把握できる産業振興部門や介護部門等と、移民の具体的な生活の支援に関わる多文化共生部門、市民部門、教育部門、福祉部門等の情報共有により、庁内全体としての移民の需要や増加の可能性に関する認知から対策の検討、それにかかる資源配分の検討、実行までのラグを極力短縮することが必要となる。その理由は、行政需要の把握による将来のコスト認識に基づき、移民が享受すべき利益と行政の有限な資源とのバランスの中で、どの程度移民政策を推進するかが問われるからである。
 移民個人のライフサイクルの視点と社会統合の視点を踏まえ、今後、さらに具体的な実務レベルの知見の蓄積と共有、そしてそれに基づく自治体職員による理解と実践が求められる。

[1] (注)朝日新聞デジタル「外国人集住都市会議なぜ脱退続く」(2019年2月15日配信記事)
http://www.asahi.com/area/gunma/articles/MTW20190215101060001.html

〔参考文献〕
・永吉希久子編(2021)『日本の移民統合―全国調査から見る現況と障壁』明石書店。
・是川夕(2019)『移民受け入れと社会的統合のリアリティ』勁草書房。
・是川夕(2022)「移民の多様性と活力、社会的包摂から社会的統合へ」2022年度佐倉市国際文化大学第2回講義(公益財団法人佐倉国際交流基金)。
・川村千鶴子・近藤敦・中本博皓(2009)『移民政策へのアプローチ―ライフサイクルと多文化共生』明石書店。
・髙橋誠一(2019)「移民の統合と排除―イギリスにおける市民的統合の現状、課題と限界」大原社会問題研究所雑誌№733、法政大学大原社会問題研究所。
・池田志穂(2020)「フランス社会統合政策の現状と地域の取り組み」自治体国際化フォーラムVOL364、一般財団法人自治体国際化協会。

竹田圭助(たけだけいすけ)
日本政策総研上席主任研究員
関東学院大学非常勤講師

【公共コンサルと政策の視点】移民政策の転換期に自治体は何を考えるべきか(上) ― 移民個人のライフサイクルを軸に(竹田圭助).pdf

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