【主席エコノミスト論説】消費と所得の乖離②
【主席エコノミスト論説】消費と所得の乖離②
村井慎吾
1.はじめに
前回レポートでは、所得と消費の乖離につき所得面から整理した。本レポートでは、消費面から本乖離の発生要因を整理していきたい。
2.所得階層別の消費動向
「家計調査」(総務省)によると、2015年以降、所得階層年収五分位中上位四分位(年収328万円以上)で消費額が増加し、階層が上位になるにつれて消費額の増加幅が概ね拡大している。但し、上位一分位(年収876万円以上)の増加幅は足元で著しく大きい一方、平均所得性向が最も高い下位一分位(年収328万円未満)については、振れを伴いながらも消費額はほぼ横ばいないし微減の傾向で推移しており、他の階層とは異なる動きを見せている。
支出の内訳を基礎的・裁量的に分けて見ると、全支出に占める基礎的支出の割合が上位一分位を除き増加傾向にある。また、下位一分位ではもともと割合が高いものの、全支出の75%にまで達しており生活をする上で必需的な固定費が増加する状況となっている。
裁量的支出の動きをみると所得階層による違いが顕著となっている(図1)。最も所得が多い上位一分位(下図 年収五分位5)についてはコロナ後のペントアップ需要もあり増加しているが、その他の階層については増加幅も限定的で停滞傾向がみられ、特に最も所得が少ない下位一分位(下図 年収五分位1)については顕著に減少する動向にある。
以上より、所得階層が低下するにつれ裁量的支出を中心に消費意欲も減退する状況となっている。
<図1:収入階層別 裁量的支出推移>
(資料)総務省「家計調査」より筆者作成
3.所得階層別の消費者心理
「消費動向調査」(内閣府)では、所得階層が上がるほど消費に対し前向きな状況が示されている。特に、構成項目である「暮らし向き」についてはその差異が顕著となっている(図2)。同調査では、消費者の物価見通しについても調査しておりその結果、所得が低くなるにつれ1年後の物価見通しにつき「10%以上上昇する」との回答が多くなっており、将来の物価上昇を高めに見積もる傾向がみられる。前レポートで整理した保有資産の増加に加え、このような物価見通しに対する差異も消費者心理に影響を与えていると考えられる。
次に、こうした物価見通しの差異が発生する要因を検討する。
<図2:収入階層別 「暮らし向き」DI推移>
(資料)内閣府「消費動向調査」より筆者作成
4.体感物価からみる物価上昇
2023年7月までの全国消費者物価前年同期比上昇率の平均値をとると3.4%となり、年平均値では1980年代前半の上昇率で推移している。一方、「生活意識に関するアンケート調査」(日銀)では、物価に対する実感上昇率が平均値で14.1%となっており、消費者の体感物価は実際の物価上昇率よりも高い。本背景には、物価上昇の速度が急激であったことや、これまでどおりの企業努力ではコストを吸収しきれずに価格転嫁が、生活必需品にまで広範に及んでいる点が指摘できる。なかでも食料品の価格上昇が大きく、消費者の体感物価は押し上げられている。本調査による実感上昇率は、消費者物価指数の中でも特に食料品との相関関係が強く(相関係数は0.86)、食料品の実感に与える影響が強くなっている(コアCPIとの相関係数は0.69)。
以上から、基礎的支出の割合やエンゲル係数が高い低所得者では物価上昇の実感が大きく、消費者心理を大きく押し下げている。その結果、全世帯数の7割弱を占める所得500万円以下での消費活動が停滞傾向を強めている要因になっている。
<図3:体感物価 推移>
(資料)総務省「消費者物価指数」、日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」より筆者作成
5.まとめ
前レポートで整理したとおり、資産所得の増加もあり第5分位の所得階層については、10年前と比較し消費の拡大がみられる。但し、当該階層は全体の6%程度の割合に過ぎず、消費動向全体への影響度は限定的である。一方、全体の7割程度を占める第一分位、第二分位の所得層については、支出の増加がほとんどみられていない。本状況を見る限り、トリクルダウンによる消費全体の底上げは起こっておらず、消費全体の底上げのためには、低所得層に配慮した再分配政策の積極的展開が必要と考えられる。
<図4:分位別支出・構成割合>
(資料)総務省「家計調査」、国税庁「民間給与実態調査」より筆者作成
村井慎吾(むらいしんご)
株式会社日本政策総研副理事長(主席エコノミスト)
兼執行役員(業務企画部長)