【主席エコノミスト論説】消費と所得の乖離①
【主席エコノミスト論説】消費と所得の乖離①
村井慎吾
1.はじめに
2023年度の春闘では、賃上げ率が3.58%(連合)を記録し、1990年代前半以来の大幅な賃上げとなった。物価上昇の中で消費拡大のため、政府主導の賃上げの流れが加速している。賃金上昇すなわち家計所得が増加すれば、消費も活発化し国内経済にプラス要因となるのが基本である。しかし、家計調査(総務省)で「実収入」と「実支出」の動きを見ると、2013年頃まで並行して近似的な動きを見せていたものの、その後両者は乖離した動きを続けている(図1)。家計の収入が増加しても支出増に結び付かない実態である。この間、可処分所得に対する平均消費性向も2013年の74.9%から2022年で64%にまで低下している(勤労者二人世帯)。こうした実態はなぜ生じているのか、所得・消費の両面から、二回に分けて考察する。
2.勤労所得と資産所得
まず、所得面から整理していきたい。国民経済計算(内閣府)によると、2013年から2021年の期間で、勤労所得のうち雇用者全体の「賃金」は社会保障等負担分を差し引いたうえで約28兆円(+12.5%)の増加となっている。一方、資産所得のうち債券の利息、株式の配当や投資信託の分配金を含む「利子」と「配当」については、3.5兆円(+33.6%)となっている。2000年以降の平均値と比較しても「賃金」はやや上回る(+6.3%)程度であるのに対し、「利子」、「配当」は大きく上回っている(+22.4%)。次にこの状況が発生した背景につき考察していきたい。
3.資産所得の増加要因と金融政策
資産所得の増加に対しては、金融政策が大きく影響している。日本銀行が市中に供給する通貨量を示すマネタリーベースが、2013年以降急激に増加している。2013年3月に就任した黒田前日銀総裁のもと翌4月決定した「量的・質的金融緩和政策」の結果である。第二期安倍政権による経済政策の中核を担う「三本の矢」の一矢とされた本政策により、とくに日本銀行による長期国債の買い付けを背景とし市中に大量の資金が流入している。この大量の資金流入が、市場金利の低下を通じて株式、社債や不動産などの資産価格を押し上げる大きな要因となった。2014年以降も貸出増加支援資金制度等の拡大政策が続き、市中の通貨量をさらに増加させる要因となっている。
こうした通貨量の増加は、ストックベースでの金融資産残高を増加させている。個人金融資産残高は、2014年3月末の1678億円から2023年3月期末では過去最高の2034兆円に達し、負債額を引いた純資産も1660兆円となっている(日本銀行「資金循環表」2023.1-3月期)。世帯ごとの金融資産内訳を金融広報中央委員会資料によりみると、2013年以降22年までの全世代における金融資産総額の増加額が200万円強であるのに対し、株式、債券、投資信託を合計した有価証券は250万円程度の増加と、金融資産全体の増加額を上回る状況となっている。また、所得階層別にみると階層が上がるにつれ有価証券の保有残高が増加し、金融資産全体の増加幅も上回っていることが分かる(図2)。給与所得者全体の約7割を占める年収500万円以下の増加額に対し、1割程度の年収750万円以上の増加額が2倍以上となっており、年収別での増加幅には大きな差が生じている。家計全体の有価証券等リスク資産への運用は少しずつ拡大していると同時に、特に高所得者層ではより着実にリスク資産への運用が進んでいることが分かる。こうした金融資産の動向は、家計調査ベースで2013年の一か月平均74,764円から2022年では同172,027円と2倍強に増加している。この金融資産増加の中で有価証券購入は2013年の同477円から2022年3,810円に増加している。
以上から今回の所得増加の特性は、保有金融資産の増加を背景に、所得階層により偏りが生じている点にある。次回では、以上の動向を支出面に結び付けて整理する。
(図1)家計の収入・支出動向
(資料)総務省「家計調査」より作成
(図2)収入階層別の金融資産及び有価証券保有額
(資料)金融広報中央委員会資料より作成
村井慎吾(むらいしんご)
株式会社日本政策総研副理事長(主席エコノミスト)
兼執行役員(業務企画部長)