【Opinion】電力改革と社会インフラの進化~蓄電池と発電システム~(宮脇淳)(2023年8月4日)
電力改革と社会インフラの進化
~蓄電池と発電システム~
世界の蓄電池市場が、激しい競争となっています。 米国エネルギー省DOE(Department of Energy)の融資プログラム局LPO(Loan Programs Offiffiffice)は、6月下旬、米国内の蓄電池生産拡大を目指して、フォード・モータースと韓国の電気自動車用充電池大手SKオン(ON)との合弁会社(ブルーオーバル・SK)に、日本円で過去最大 1 兆円規模のグリーンエネルギー関連融資を行うことを明らかにしました。
同プログラム局は、すでに 2022 年にもゼネラル・モータースと韓国化学メーカーの合弁会社に生産工場建設目的の融資を行っています。韓国は、2018 年以降、蓄電池に関する海外直接投資を急速に拡大させ、2021 年段階で 2000 億円規模に達しています(韓国輸出入銀行資料より、2023 年6月 27 日時点円換算)。 他方でEUでは、希少資源確保を目的に蓄電池のリサイクルを域内に義務付ける規制を 2024 年より導入します。中国でも国策として民間企業と連携しつつ、蓄電池開発と市場拡大に取り組んでいます。蓄電池が、大きく世界の経済社会構図を変えようとしています。
「月刊みらい」7月号・政策の視点で「パワーシフト」をご紹介しました。パワーシフトとは、「世の中を動かす力が変化したこと」、具体的には、モノを中心とした時代からICT(Information and Communication Technology:情報通信革命)の進化により情報が社会を動かす中心の時代に変化したことを意味します。AI(Artififi cial Intelligence)やDX(Digital Transformation)もこうした社会の進化の流れにあります。
しかし、パワーシフトはこれだけに限られません。ICT、AI、DX等を支える電力エネルギーを巡る大きな変革です。戦後日本の電力システムは、地域独占型の電力会社を設立し国策として発電所を設置、それにより供給できる総発電量を上限に家計や企業の消費量をコントロールするシステムとなっています。このため、本州・沖縄では夏、北海道では冬を中心に冷暖房需要が拡大し、供給量オーバーが見込まれると計画停電等消費を抑制する政策が展開されました。こうした供給中心の電力システムの見直しには、電力の蓄積と伝達の改革が必要となっています。
第1の蓄積の抜本的見直しが、冒頭ご紹介した蓄電池です。現在、電気機器に使用されているのは液系リチウムイオン電池です。しかし、液系電解質を固体化し放電・蓄電する固体電池の開発が進んでいます。固体電池の特性は、構造や形状が自由に形成でき、小型での大容量化や高速での充電・放電が可能で、固体のため丈夫という利点もあります。こうした固体電池は、トヨタ等EV(Electric Vehicle)自動車メーカーの開発として注目されますが、住宅設備の将来にも密接な関係があります。太陽光発電等の設置が進み、住宅や建築物の個別電源としての重要性が高まることと密接に関係します。
第2の電力の伝達に関する抜本的見直しが、仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)の構想です。 2035年までに新車販売をすべて電気自動車等に転換する目標を、政府は掲げています。現在、日本でのEV車販売比率は全体のまだ3%程度ですが、一般家庭や民間企業で電気自動車が広範に利用される状況に至ると、これまでの発電所による供給コントロールでは限界が生じます。
このために、電気自動車の充電器を遠隔制御し、供給側だけでなく需要側も含めて需給バランスを最適化し、ピークコントロールできるシステムの導入が必要となります。家庭等需要家側のエネルギーリソースを、電力供給システムに活用するバーチャルシステムの構築です。具体的には、太陽光をはじめとした家庭等の据置分散型小規模エネルギーリソースをIoT(Internet of Things:モノインターネット)で遠隔統合制御し電力供給と需給バランス調整に役立てるもので、ネットワーク全体が実質的にひとつの発電所として機能することから、仮想発電所とも称されます。
しかし、こうした仕組みも電気自動車だけに影響するものではありません。一般家庭も含め生活空間が実質的に発電所機能を持ち、相互に結び付くシステムとなります。このため、住宅建設においても家庭などの小規模リソースごとに、需要家用蓄電池をはじめとした機器の設置をどのように行うかからはじまり、戸建住宅・集合住宅ごとの設置運営管理への工夫、住宅内設備機器運用方法の見直しにまで及びます。さらに、供給量が過大の際に需要側に需要創出を促し、逆に需要側の需要量が過大な際に需要側に抑制を求めるディマンドレスポンス(DR)の導入方法、そしてDRによって調整された電力量に従って家庭等の需要側に報酬金を支払う需給調整市場のあり方など、建設投資及び設備管理全体に新たなシステムを求める要因となります。蓄電池、発電システムを通じた社会インフラの大きな進化に直面しています。
宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授