レポート・コラム

【政策への視点】パワーシフト(宮脇淳)(2023年7月17日)

政策への視点

パワーシフト

宮脇淳

【パワーシフトとは何か?】

「パワーシフト」の言葉は、必ずしも一般的な認知度は高くありません。しかし、今日的には大きな意味 を持ちます。パワーシフトとは、「世の中を動かす力(パワー)が変化した(シフト)」ことを意味します。 具体的には、戦後半世紀以上続いたモノを中心とした社会システム「大量生産・大量物流・大量消費の時代」から、2000 年代に入りデータを中心とした社会システムが世の中を動かす「情報と技術の再融合の時代」を迎えたことを示します。

 モノ中心の社会では、モノの流れに伴って発生する様々なデータに対して必ずしも敏感ではなく、むしろ囲い込む中で限定的に意思決定に活用し、そのため社会変化も緩やかでした。しかし、ICT(Information and Communication Technology:情報通信革命)によりデータが即座に、グローバルに共有され開かれた意思決定の重要な要素となり、これまでのモノ以上にデータが社会を動かす大きなパワーを持つようになりました。

 こうした変化は経済社会だけでなく、政治の世界にも及んでいます。国、地方を通じて選挙の投票率が低下し、無投票で地方自治体の首長や議員が選ばれるケースが増えています。その是非は別として、「政治家」に関心がなくても、福祉、年金、税金、教育のあり方など何らかの「政治」に関心がある人は少なくありません。なぜ、政治に関心を持っても政治家には関心がないのか。その理由は、これまで政治家を通じてしか得られなかった情報がインターネット等を通じて一般的に共有できる度合いが高まり、加えて、社会自体に働き掛ける手段も、政治家に頼らず様々な媒体を通じて発信し展開できる機会と制度が多く生み出されたことによります。パワーシフトとは、経済、政治等領域を問わず人間を動かす力が変化したことを意味しています。

【異分野の相互関係の深まり】

 パワーシフトにより単に情報の共有が進んだだけでなく、これまで異分野あるいは距離感のあった分野間の垣根を取り払い密接に結びつける流れが強まっています。

 たとえば、自動配送ロボットと建築施設の関係です。物流拠点や小売店舗等の商品・荷物を配送する自動配送ロボット(通称「宅配(ラストワンマイル)ロボット」、ADR:Autonomous Delivery Robots)の公道走行が今年4月1日より可能となっています。背景には、もちろんトラック運転手の時間外労働時間制限(2024 年問題)がありますが、その影響は企業だけでなく高齢者等買い物弱者も含めた日常生活のサプライチェーン問題として捉える必要があります。このため、自動配送ロボットの展開に必要な技術だけでなく、過疎地も含めた高度な広範位置情報システムによる遠隔制御、屋外からマンションやオフィスビル等屋内の自動配送ロボットへの引継ぎ等複数ロボットの統合管理、高齢化による医療・介護分野等自動ロボットの活用範囲拡大に伴う施設設備の進化など多岐にわたります。

 また、電気自動車等の普及は従来の電気需要量を前提とした大規模発電所方式による供給システムを見直し、企業や家庭のエネルギーリソースを電力供給システムに活用するバーチャルシステムを必要とします。具体的には、太陽光等家庭の分散型小規模エネルギーリソースをIoT(Internet of Things:モノのインターネット)を活用し遠隔統合制御して電力供給と需給バランス調整に役立てるもので、ネットワーク全体が実質的にひとつの発電所として機能することから仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)となります。VPPは、戸建てや集合住宅など小規模リソースごとの機器設定からはじまり、住宅ごとの運営管理、住宅内の設備機器運用 方法の見直し、供給量が過大の際に需要側に需要創出、逆に需要量が過大な際に抑制を求め報酬のやり取りをする仮想市場たる需要応答制度(DR:Demand Response)の導入とそれを実現する建設投資及び設備管理等新たな需要をもたらします。

【成熟化時代の新領域拡大】

日本では成熟化の時代を抑え、異分野を跨いで新領域が拡大します。しかし、従来のように人的資源を投入し対応することには当然限界があります。労働者数に労働時間制約も加味した労働投入の推移を1975年以降見ると、1990年代に入り全く増加していません。「失われた20年」という言葉がありますが、労働制約面でもこの20年間以上ほとんど創造的対応がされていないことが分かります。いわゆる「ゆでガエル」(ゆっくり進む変化への対応が難しいこと) とも揶揄される状況です。今後、さらに制度的な制約が強まる中で新領域の付加価値拡大には、さらなる情報と技術の融合が必要となります。融合は、新たな成長を生む原動力となります。本来、本業の質を良くしていくことは当然の企業活動であり、付加価値の創造としては限定的となります。本業以外の別の領域との組み合わせで本業にも新たな視点を組み込むことが創造的付加価値となります。その大きなチャンスの時代とも言えます。

                    宮脇淳(みやわきあつし)
               株式会社日本政策総研代表取締役社長
                       北海道大学名誉教授

政策への視点パワーシフト.pdf
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