【Opinion】ふたつの為替レート~足元だけを見つめるリスク~ 円の力はなぜ落ちたのか(宮脇淳)(2023年7月10日)
ふたつの為替レート
~足元だけを見つめるリスク~ 円の力はなぜ落ちたのか
宮脇淳
毎日、テレビ、新聞、インターネット等の経済ニュースで「円・米国ドルレート」の為替相場が報道されます。コロナ禍の2021年、米国の連邦準備制度理事 会FRB(The Federal Reserve Board)の金融引き締め政策が始まり金利が上昇し、それまでの1ドル=100円一桁台の為替レートから円安が進み2022年には一時期150円台に入るなど大きな動きを示しました。2023年に入り1ドル=130円台前後での推移ですが、金融政策の行方に加え米国の金融機関破綻等の影響も加わり、引き続き不安定な動きを続けています。
日々の為替レートは、輸出入の商取引、株式債券市場等に影響を与えるため、常に注目する必要があります。しかし、日々の為替レート、すなわち足元の為替レートだけを見つめることは企業や日本経済の大きな構造変化を見失い深刻なリスクを抱える可能性があります。つまり、「足元だけではない為替レート」を見る必要があります。
【足元だけではない為替レート】
「足元だけではない為替レート」とは何か。米国ドルだけでなく日本の貿易相手国の為替レートに加えて、相手国のモノやサービスの価格、すなわち物価水準も勘案し、これまでの経済構造を反映した「日本経済の実力を示す為替レート」です。日々報道される「足元の為替レート」は、お金を売り買いする金融市場の状況をあらわすのに対し、「日本経済の実力を示す為替レート」はモノやサービスの売り買いたる実体経済を示した為替レートと言えます。2022 年で日本の貿易相手国 ( 輸出入総額 ) としての米国の割合は13.8%、中国 20.3%、ASEAN 15.4% 等であり、日本経済のグローバル化は着実に進んでいます。そうしたなか、実体経済において米国ドルとの為替レートだけで日本経済を判断するには限界があります。それでは「日本経済の実力を示す為替レート」は何で見るのか。日本銀行が発表している「実質実効為替レート」です(図1)。
【2つの為替レートが示すもの】
図1の赤線は「足元の為替レート」の推移、日常の 円・米国ドル為替レート、青線が「日本経済の実力を示す為替レート」の推移、すなわち「実質実効為替レート」です。赤線を見ると2000年以降、上下の波はあるものの一定の幅で横に推移しています。テレビ、新聞、インターネット等で流れる為替レートで、毎日の金融市場動向の結果です。一方で青線は2000年から大きく低下しています。2000 年の120レベルからほぼ右肩下がりで推移し、今は60前後まで低下しています。
「実質実効為替レート」は日本経済の構造変化を示しており、指数数字が小さいほど国際的競争力が低下していることを示しています。日本経済の競争力は、2000年の約半分となっていることが分かります。もちろん、青線がすべてを示すものではありません。しかし、赤線で示す足元だけを見ていると日本経済が競争力を構造的・長期的に大きく落としている姿を見落としてしまいます。青線の「実質実効為替レート」は、日本経済の競争力を示す体温計と言えます。
【新しい経済価値の創造】
日本の競争力が大きく低下した理由は、これまでのコストを中心とした効率性追求の経済が限界に達したことにあります。コスト削減等効率性や本業の質的向上は当然のこと、それだけではグローバル化した市場では勝ち抜くには限界があり、新たな領域を自ら切り開く付加価値力を持つことが必要となっています。経済開発協力機構(OECD)のデータでは、日本の付加価値生産性は 2000 年代に入って以降、OECD加盟国 38 か国中、常に平均以下で推移しています。その結果、構造的に競争力が低下し「実質実効為替レート」という体温計がどんどん下がっています。
アフターコロナとなり、海外旅行に行くも海外での「円」の使い勝手が悪い、従来ほど安くお土産が買えないなどの身近な実感を生み出だしています。日本経済が付加価値生産性を大きく落としてきた要因としては、社会システムにおける ICT 活用の遅れがあげられます。新たな経済価値を生み出すには、技術開発が最先端で進んでもそれを社会の中で実践する制度・政策・インフラを整備し、社会システム全体として進化させる必要があります。AI、DX、そしてロボット、自動運転、仮想発電なども社会システムとして組み込まれ活用されることで進化し日本経済の構造的競争力を生み出します。その進化は、経済だけでなくこれまでの個々人の働き方・生き方、企業文化・地域社会の在り方を見直すことに結び付きます。
宮脇淳(みやわきあつし)
株式会社日本政策総研代表取締役社長
北海道大学名誉教授